描かれる「あなた」

それはふと目に入った。コンビニの帰りに1人道を歩いていると、露店をやっている老人がいた。ボロボロの座布団に御座、そしてスケッチブックと画材が何点か。露店というよりその場に居座っているかのようだ。老人もみすぼらしく、古びたジャケットとほんのり茶色い歯が不快にも感じる。そして老人の横には木で出来た看板に「あなたを描きます。お金は気持ちだけで結構です。」と書かれていた。私に気づいたのか、こちらを振り向きニッコリと笑っている。老人の方から、お兄さんを描いてあげるよと言われたので私は少し戸惑いながらも老人に用意された座布団に座り、彼とは対面する形になった。老人はすぐはまスケッチブックを開き、鉛筆で下書きをし、その上から絵の具を塗っていく。第一印象とは違い、手際がいい。似顔絵でも描いてくれているのだろうか。何故だろう、ワクワクしてきた。老人は筆を止め、これがあなただと絵を見せてくる。だが、それは似顔絵ではない。コーヒーと新聞紙の絵だ。背景は茶色く、どうやらそういったテーブルの上に置いているようだ。しかし、そっけない絵だ。コーヒーと新聞、何の繋がりがあるかもわからないし、一体これのどこが私なのだろうか。すると老人は私に手の平を出し金を求めてきた。小銭でいいから欲しいと。ガッカリはしたが、変なトラブルを回避するため100円玉2枚をわたし、絵をもらい私は帰っていく。


翌日、私は家で朝食を食べた後コーヒーを淹れ新聞を広げていた。全く、昨日は一体何だったのか。しかし私が新聞紙をテーブルに置くと見覚えのある風景が浮かんだ。茶色いテーブルにコーヒーと新聞紙、昨日の絵と同じだ。あなたを描くと言っていたが、それは未来予想を描けるという事だったのだろうか。だが変だ、この程度の風景なら誰もが見てもおかしくはないし珍しくもない。だが改めて昨日の絵を見ると、配置は同じだ。さて、どうしたものか。


数日後、私は道であの老人にあった。私は老人に500円を渡し、絵を描いてくれないかと頼んだ。老人は快く承諾し、以前と同じようにスケッチブックに下書きを書き絵の具を塗っていく。相変わらずの手際の良さだ。老人に完成した絵を見せると、描かれているのは夜、どうやら高いところから見下ろしているようだ。私は絵をもらいそそくさと帰っていく。何かを期待している訳ではないが、子供の頃にあった好奇心のようなものが少し私の財布を緩めた。そう考えておくのが無難だろう。


後日それは起こった。今日会社の後輩が仕事でミスをしてひどく落ち込んでおり、会社のビルの屋上で悩みを聞いてやった。話し込んでいるうちにすっかりと夜になり、あの通りの景色が眼前に広がる。普段屋上に来ないから何のことだと思っていたが、意外にあっさりと実現するものだな。しかし、長話をする中で後輩は何か刺激はないなだろうかとつぶやいていた。せっかくだから私はあの老人の話をし、今日の出来事も老人の絵の通りになると教えると後輩は大層興味を持ち後日行ってみると言っていた。


翌日の昼休みの事だった。後輩と2人で牛丼屋で食事をしていると、後輩はスマホの画像を見せてきた。どうやら老人に絵を描いてもらったようだが、あまりのみすぼらしさに悪口を老人に言ってしまったという。どういう訳か、老人は描いていた絵を途中で黒く塗り潰し後輩に渡したという。後輩は冷やかしの相手としては良かったと笑っていたが、途中で塗り潰したことが私の胸の中で引っかかっていた。 


後日、それは起こった。私はある日、病院へ赴いていた。自分が病気とか怪我をしたとかそんなんではない。朝病院から会社に連絡が入り後輩が昨日の夜事故に遭ったという。しかし事故の内容を知らされておらず、私は彼が好きなアイスの一つを手に持ってさっと会って帰ろうと考えていた。本当に気楽に考えていた。だが、病室に入って私が見たのは、目を包帯で覆っている後輩の姿だった。仰向けに寝ているが、こちらに気が付いたのかゆっくりと顔を向ける。どちら様ですかという問いかけが来たので、俺だというと彼は悲しそうにしていた。先輩、真っ暗で何も見えないんです。その言葉の重さは、ある意味当事者である私にのしかかる。老人の絵と同じだ、彼は今真っ暗な世界を目にしている。


老人が描くのは「あなた」だった。未来ではない。彼は、神の逆鱗に触れたのだ。明るい世界を引き換えに。



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