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「コズミック・ピクニック          /cosmic picnic」1

  予感を抱いたのは三ヶ月くらい前だ。でも三日前になっても、具体的な情報は何も知らないままだった。パパやママや姉さんにしたって、やっぱり同じだったんじゃないかな。
 ジャムサンドイッチのジャムみたいに、冬と春にぴったりと挟まれたみたいな日だった。前日は北風がびゅうびゅうと吹きまわり、翌日はお日様がにこにこと上機嫌だったんだ。
 あの日の朝、だらだらとまだ居残っている風に髪をもみくちゃにされながらに車に乗り込んだ時、ふと気づいた。これから向かう場所や起こることのイメージを持たないでどこかに出かけて行くのは、久しぶりだってことに。
 考えてみれば、子供の頃はどこに行くにも未知だったはずで、それってちょっとすごい気がする。今は僕も十年分の経験を積んで、大体こんな感じだろうなって予想できるし、それはだいたい当たっていることが多い。まるで分からない時はPCで調べたりもする。
 子供の頃なんて…、ああ、そうだ。
 僕が『子供の頃』と言うと、姉さんはいつもぷっと吹き出すんだ。
 「ジョルジュ坊やは今も子供でしょ?」
 って、言ってね。
 「それなら、姉さんも子供なわけ?」
 って、僕は言い返す。そしたら、
 「ママやパパに比べるとね。でも、アンタに比べたらずっと大人よ」
 だって。
 ひどい話だよ。まさか君は、そんなこと思わないよね?

 子供の頃なんて、週に一度はおつかいにいく(ついでにグミベアーかチョコバーのどちらかを買ってもいいんだ)近所のワンダー・スーパーも、夏になると毎週土曜日の夕暮れに家族で歩いて出かけるリバーサイド・アイスクリームショップも、行く度に何かワクワクすることが待ち受けているような気がしていた。
 実際、いつもちょっとした発見があって、どこに連れて行ってもらっても僕には冒険だったんだ。不思議だよ。今はスーパーやアイスクリームショップが店内を改装してさえ、たいして新鮮味を感じないのに。
 子供の頃は、公園で会う友達も毎日はじめて会ったみたいになんだかキラキラしていた。木にキノコが生えるみたいに、にょきにょきと昨日とは違う部分が芽生えているように見えたから。
 親戚の人たちや、近所の人たちにしたって、会う度に『ワクワクする物が詰まった箱』を開けるような気分で楽しかったっけ。信じられない。今は会話するのが億劫で、出来る限り顔を合わせたくないのに。
 そんなことを思い出すと、子供の頃の自分がちょっと羨ましくなる。どうしてあんなに、すべてに対して好意的だったんだろう。
 あの口うるさいカーラおばさんさえ、カボチャを馬車に変えられる魔法使いみたいに魅力的に見えていたいし、ガリ勉で退屈なトニーだって、どんな冒険も共に出来る仲間のような気がしていた。信じられない。
 まあともかく。
 あの日、僕ら家族は車に乗って出かけたんだ。家族全体に、なんだか諦めたような心地があった。いや、そんな風に言うと君が勘違いしたらいけないな。暗い気分とは、ほど遠い心境だったのに。
 諦めたようなっていうのはつまり、より大きな物を得ようとして頑張らない、とか、上手くやろうとしない、ぐいぐい自分を発揮しようとしない、みたいな感じの雰囲気のことを表したかったんだ。平穏、って言えばもっと相応しいのかな。
 心がまっさらで、期待も意図もなかった。何一つ決まっていないのに、不安でも心配でもない。すべておまかせ、みたいな心地なんだ。誰にって?いやそれは、今でもよく分からないんだけど。
 姉さんなんて普段は髪の毛も洋服の組み合わせも、天気さえ自分の思い通りじゃないと苛々しだすような奴なのに、あの日は朝から妙に朗らかで、僕にさえ愛想が良かった。いつもはゴテゴテさせるのが好きなアクセサリーを何も身につけていなかったし、朝の儀式である洗面所を占領してのドライヤーとヘアスプレーとのお戯れも無し。
 姉さんだけじゃない。あの日は、家族みんなが、すごく静かにワクワクしている感じだった。
 ほら、パーティーやバスケットボールの試合を見に行くときみたいな、ああいう興奮したワクワク感とはぜんぜん違うタイプのワクワク感。なんとなく分かるよね?
 家族全員が「ハミング同好会・婦人部」みたいな雰囲気だった。そんなのありそうもないけど。
 僕が訳わかんないこと言っているように聞こえる?
 ああ。分かっていたよ。あの日のことを語るのはそう簡単じゃないって。言葉で表現するには難しい物ってあるじゃない。プリズムとか。それなんだ。捕らえ所が無いってやつ。でもがんばってみるから。 
 つまり、……ギラギラしてなかった。これだよ。そう、実際、あの日はなんだか、僕ら家族だけじゃなく、景色のすべてがちょっぴり淡かったっけ。光が普段よりたくさん地球に降り積もって、辺り一面をぼんやりと霞ませているみたいに。
 

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