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【映画所感】 1秒先の彼女 ※ネタバレ注意

あわやストーカー行為と紙一重。一途な想いが炸裂するファンタジー。

前半は、何事も他人よりワンテンポ早いせっかちな女性、ヤン・シャオチーの日常を面白おかしく描写。

後半は、何をするにも他人よりワンテンポ遅れる男性、ウー・グアタイの生い立ちから、ヤンとの出会いを活写。

そして、物語の核心部分の謎解きまでを、丁寧に描ききって、感動的なラストへと誘う。

冒頭からの容姿いじり、セクハラまがいのやり取りなど、このご時勢ではちょっとアウトかも。

ただし、女性同士の会話ということで、“つかみ”としては、ぎりぎりグレーゾーンか。憎めないヤンのキャラクターで、だいぶ救われている。

実際、ストーリーが進むにつれて、どんどん彼女の印象が、魅力的になっていく。

アラサーでおひとりさまのヤン。郵便局で働きながら、素敵な異性との出会いを夢見ている。彼氏持ちのイケてる同僚を冷やかし、憂さを晴らすといったやるせない日々。

そんな彼女に突然気になる存在が現れ、あれよあれよと、バレンタイン・デートの約束までこぎつける。

台湾のバレンタインデーは年に2回あり、ここで語られるバレンタインは、“七夕情人節”。旧暦の7月7日で、8月頃に実施される。2月14日の“西洋情人節”のほうは、旧正月が近いこともあり、日本ほどは盛り上がらないらしい。

どうりで舞台が夏で、みんな半袖だったわけだ。ちなみに台湾では、男性から女性にプレゼントを渡すのが一般的。

念願の彼氏とともにバレンタインデーを迎えるはずのヤンだったが、翌朝目覚めてみると、バレンタイン当日の記憶がまったくない。丸一日すっぽりと抜け落ちている。

ここからが怒涛の展開。ヤンが失ったバレンタインデーを取り戻すべく、奮闘する。わずかな手がかりを元に、スクーターを飛ばす。もう一人のキーパーソンであるグアタイもストーリーに加わり、張りめぐらされた伏線と謎を回収してみせる。

“時間の停止”という、ありえないシチュエーションの設定と解釈が、見事すぎる。

時間が止まってしまった世界で、気が利いた愉しい行動を次々にとる、グアタイ。彼の生真面目な性格を反映して、すこぶる癒やされる。

公共交通機関を思いっきり私物化する、グアタイの身勝手さだけは玉に瑕だが、“恋は盲目”ということで大目に見よう。

他にも、ヤンの“妄想的小ネタ”が、効果を発揮。突如、一人暮らしのアパートに出現したラジオDJと、ヤンとの掛け合いが気持ちいい。

ジョージ・ルーカスの出世作『アメリカン・グラフィティ』(1973)に登場した実在のDJ、ウルフマン・ジャックを意識したのか。主人公に的確な言葉を授け、一方的な“恋バナ”にも指針を示してくれる。

夢に出てくる、ヤモリの妖精?も秀逸。失くしてしまった重要アイテムを、そっと差し出しほくそ笑む。『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ 1991〜1997)の名物キャラ、「トカゲのおっさん」のシュールさが、一瞬あたまをよぎる。

とにかく、細部まで抜け目がない。金馬奨(台湾のアカデミー賞)での5部門制覇は、伊達ではなかった。タイムパラドックスという、手垢の付きまくった、ファンタジーの王道に、「まだこんな手があったのか」と感心することしきり。

海を隔てたおとなりの映画だけに、郵便局にしても、海辺の風景にしても、どことなく見覚えがあるようで懐かしい。良い意味で昭和の風情があって、ノスタルジーがそこはかとない安心を与えてくれる。台湾自体に、親しみ深さを感じることは、ごく自然な流れで心地良い。

そして本編のラスト、紆余曲折の果てに、泣き笑いする二人を観て、観客は親近感以上の気持ちを持つはずだ。スクリーンの中を、ずっと一緒に旅してきたかのような。

悔しいがまた一つ、映画のマジックにしてやられた。















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