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後出しサンタと小さな鱗滝さん

転勤で地元を離れた友人がこちらに来ているとのことで、幼なじみ数名とその家族達で久々に会う機会があった。

向かう道すがら何か買っていくものはあるかと聞いたところ、

「もし鬼滅のグッズが売っていたら、どれでもいいので買ってきてほしい」

と抽象的な依頼があった。

世間の例に漏れず、家主の長男(4歳)がどハマりしているらしい。


普通はカードなりフィギュアなり、自分が集めてる特定のアイテムが欲しいんじゃないかな。

そう思いつつスーパーやコンビニを見回したが、鬼滅グッズは何ひとつ置いていない。


仕方なく、目に留まった「100日後に死ぬワニ」の缶バッジを買った。
何も無いよりはマシだろう。



友人宅に着くと、子供達は瞬きもせず鬼滅の刃を鑑賞していた。

今更ではあるけど、こうして目の当たりにすると時代を築いた作品なのだと実感する。


友人との再会を喜んでいるのも束の間、買い物袋に気づいた子供達から「鬼滅グッズはあったのか」と剣技の連舞を浴びる。

見つけるの大変だったよと言いながらワニのバッジを取り出し、よく見たら鬼滅に似てるねと冗談まじりに渡す。


1〜2歳の幼い子達はさほどショックも受けず、ぼんやりと大人の冗談を笑ってくれたのだが家主の長男だけは違った。


子供の輪から外れ、かといって大人達にも近寄らず、ピザも食べずひとり部屋の隅で丸まっている。



彼は、大きな期待を一瞬で打ち砕かれたのだ。



たしかに聞こえた「見つけるの大変だったよ」の言葉は、何らかの鬼滅グッズが見つかった証として瞬間パッと心を照らしたのだと思う。


後で聞いたら、鬼滅グッズは内容を問わず売り切れが多発していて、少なくとも友人宅の周りでは小さなシールすら見かけなくなったらしい。

そんな中で期待させられた挙句のワニバッジでは、腐る気持ちももっともだと思う。
(もちろんワニさんも良い物語ではあるけど)


慌てて謝り、友人達もなだめてくれたものの、近場に鬼滅グッズは無いのだからその子も気持ちがおさまらない。


私自身が幼少の頃に嫌っていたはずの変な冗談を、自覚なしに言ってしまった。
悪い大人だ。


自己嫌悪の中でなんとか彼への償いを探してみたら、そういえば自宅に鬼滅ウエハースのカードが10枚ほどあることを思い出した。

少し前に会社の同僚が集めており、コレクションを手伝った時に残ったものだ。



帰ったらそれらを封筒に入れて、すぐに郵送でお送りします。
カード自体には透明の封がされたままで綺麗な状態です。
お好きだと仰っていた冨岡義勇のカードもありますし、きっとご納得頂けるかと思います。


そう提案して、枚数や発送日の具体的な質疑を経たのちにようやく彼は機嫌を直してくれた。



すぐに忘れると思うし、気にしないで大丈夫だからね。
友人はそう言ってくれたが、翌朝速達ですぐに発送した。


人の好きなものでふざけてはいけないのだ。
そして、自分の好きなものを小馬鹿にされたらきちんと意思を示すべきだ。


子供に教わるってこういう事なんだな。
友人から届いた動画の中で「クリスマスプレゼントありがとう」と私に礼を言う彼を見ながら、2つの教訓を胸に留めた。




いや、3つだ。
道具は皆が同じ使い方をするとは限らない。

お菓子の空き箱に、義勇も禰󠄀豆子もおかまいなくカードを挿して塀を作り、炭治郎の家ができたと満足そうな笑顔がそう教えてくれていた。

2020.12.30 然

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