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#小説

来たれ同朋、約束の地へ:SideA

来たれ同朋、約束の地へ:SideA

 私の記憶にある あの場所は
 灰色に霞んで薄暗く沈殿している

 父の仕事の関係で2年だけ住んだ街
 とりたてて楽しい思い出も無く
 通った小学校でも友達らしい友達はいなかった

 ただ 一人
 夕方の 学校近くの公園で
 必ず遊んでいた男の子
 その子の事は たびたび思い出す

 一緒に遊んだわけでもない
 むしろその逆

 一度だけ『遊ぼう』と声をかけた時
 その子は怯えと怒りの混じったよう

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春、巡り。

春、巡り。

「え、就職しないの」

「うん。やっぱ俺、これ以外考えられんわ」

 春まだ浅い2月。
 卒業を前に最後のクラスコンパが開かれた。

 4年間の思い出話から、自然と話題は今後の事へと移って行く。 院へ進学する人、家の仕事を継ぐ人、就職する人……それぞれがそれぞれの期待と不安を胸にしながら、互いの進路を語り合っていた。

 そんな場で唐突に聞いた、柑子(こうじ)の爆弾発言。

「でも、就職決まったっ

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行き違い

行き違い

「……はい?」

 ノックの音でドアを開けてみれば、そこに立っていたのはおばあちゃん。

 見覚えの無い顔だわ。

「あの……」

 少なくとも私のおばあちゃんじゃない……っていうか、私のおばあちゃんはもうこの世にいないし。

「おや、珊瑚ちゃんじゃないのかね?」

 目の前のおばあちゃんは、私をまじまじと見てからそう言った。

「いえ、違います」

「おや、おかしいねぇ。確かにこの住所なんだけど

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道聞かれ顔

道聞かれ顔

 お見舞いからの帰り道。

 雨はまだ降っていたけど、かなり小降りだったから歩く事にした。

 温かい春の雨の中、買ったばかりの花模様の傘を差せば気持ちは自然と弾んでくる。

「良かった、あの調子なら今月中には退院出来そうよね」

 それなら退院祝いを考えなきゃ……そんな事を思いながら歩いていたら。

「あの、すみません」

 交差点で声を掛けられた。

「はい」

「道をお尋ねしたいんですが」

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最終列車

最終列車

「あら、いよいよなのね」

「あ、ホント」

 母と、おばあちゃんのお見舞いに行った日の帰り道。
 しばらく前から完全に使われなくなっていたレトロなビルの一角に、足場の建材が運び込まれていた。

「とうとう無くなっちゃうのかー」

「相当古いんでしょ?今の耐震基準だと完全にダメだって新聞に書いてあった」

「そりゃそうでしょう、もう100年近く前に出来たビルだもの」

 軽く笑って、母がビルを眩

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