【#キナリ杯】ハトを飛ばして1日ハト部になった話
人は誰でも、あの時は『黒歴史』だったなと思い出す時があるのだろうか。
私を実際に知っている人ならば
『歩く黒歴史』の如く
【黒歴史だらけ】のあなたがどの口で言っているのだと、詰問されそうなものだ。
それでも世の中は誰も私の事なのか知らないし、黒歴史なんて人に笑ってもらって昇華するものだから、キナリ杯での投稿として堂々と紹介していきたい。
あれは高校生3年生の頃。
あの頃は人生最高に病んでた。
理由は父親の働く焼肉店が突然につぶれたから。
普段から「普通の人生にだけはなりたくない。」とか
「人は何故うまれて、人生にはどんな意味があるのか」とか中二病的な哲学を考えて現実逃避をしていた学生。もう高三なのに。
高い学費を払ってもらってまで、無職の父親に負担をかけて大学に行く事が凄く疑問だった。自分でお金を借りて通学するほどの意味が本当にあるのかと、理由をつけて勉強を全くしないものだから、成績は下がる一方。
まぁそもそもまん中よりも後ろの方だったから、更に後方に下がった形。持久走大会ならゆっくり歩いてどんどん抜かれていく感じ。
一応この学校の生徒会長だから
という理由だけで留年しなかったんじゃないかと今でも思っている。進学校だったし。
テストは、だいたい1桁の点数か、2桁前半だった。
それでも何故か補講を受けた記憶がない。
隣の席のO君はテストが17点でヤベェを連発していて補講となり更にヤベェを3回言ってた。
私は補講無し。テストの点数を見せなくて
O君は「さすがカイチョー!」
とか言ってくれてたけど
私のテストの点数は8点だったよ。
17点の更に半分も点数なかったのに補講受けずに帰ってごめん。
家に帰れば、
「大丈夫だ。大丈夫。」
と繰り返して、仕事を探す父親を見るのがつらくて家に帰らずに遊んでばかりだった。
そんな当時の私を巨大ハリセンで殴りたい。
落ち続ける成績と集中できない受験勉強。
現実と向き合いたくなくて、みんなが勉強している学習室を抜け出しては、校舎裏でハトに餌をあげて悩みや身の上を隠れて相談していた。パンくずをつつきハトは聴いていた。
変なプライドがあって、こんなおちぶれた生徒会長の姿を見せてはいけない。
見られてはいけないとコソコソと人に会わないように、誰かの気配を感じると階段裏などにサッと隠れてみつからないように。1人スパイごっこ。任務は野鳩に餌を与えること。
充分すぎるほどの不審者。ズボンのポッケにビニール袋に入れたパンを持ち歩く不審者。
そんな状態だったから、当然に受験は失敗。
センター試験が全然わからなくて、4択全てをとりあえず回答する為にエンピツ転がしていた。
その行動からもう駄目すぎた。奇跡よ!と思って全て回答したけど、それが正解となる奇跡の確率がどれだけの天文学レベルか計算できていない位に全く駄目だった。
浪人して予備校に行く経済的な余裕もなく。
もう将来が更に見えない。真っ暗闇だ。
センター試験の結果や志望校の合格状況が弾丸のように飛び交う戦地から耳をふさぎ、二等兵の私は一人、校舎裏に逃げ込んだ。
いつものように隠れてハトに愚痴をこぼしていたら、いきなり背後から声をかけられた。
「お前、こんなところで何をしている。」
心臓が飛び出るかと思った。たぶん少し出た。
そしてアニメのように40センチぐらい飛び上がった。
普段、授業以外では全然話した事の無い強面の体育教師のA先生だった。
見られた???
どこから???
いつから???
もう心臓が少し出たものだから、バクバクする心音がA先生に聴こえていたと思う。そして明らかに不審な全身からの汗。
二人の時は止まった。
そよ風の音だけが聴こえる。
私は話さなきゃと、もごもご、あのそのをブツブツ言っていたらA先生は切り出した。
「ハト好きなのか?」
「あっ、はい。悩みを聴いてくれるので。」
「そうか。そうだ!実はな、ここの反対側の場所にハト小屋があるんだ。知ってるか?今日、卒業アルバムの撮影日だろ。誰も部員がいないと撮影されないから、お前が部員ってことで参加してくれよ。」
ハトが豆鉄砲を食らったようとは、この時の私の顔だろうか。
いきなりの展開に全く話が見えなかった。
聞けば、そのハト小屋は先生が趣味として育てている伝書鳩がいて、その鳩達は大きなレースにも出場しているらしい。色々な事情がありハト小屋を取り壊す予定。だから、記念撮影を計画しているとの事。
学校にそんな場所があるなんて、強面体育教員のA先生にそんな趣味があったなんて。
先生が語る伝書鳩の深い歴史と話す蘊蓄。高いレベルのレースの話題に引き込まれた。
「他にも部員と教員がいないと寂しいからな、ちょっと待ってろ。」
ハト小屋の前で少し待たされてやがてO君と他に先生が1人やってきた。
そして卒業アルバムの撮影をした。写真は卒業アルバムに後日掲載された。
ハト部だと名前が強すぎるから『生物部』として記載してあった。
写真撮影してくださるカメラマンさんが、撮影中に私たちの表情が固いとして
「育てるの大変でしょう。」とか
「どれくらいの頻度で世話しているんですか。」
とか聴いてくれるけど私は奇妙な罪悪感から
「ええ、まぁ。」
とか、表情を固くして強ばらせて、めちゃくちゃ曖昧な回答しかできない。
だって入部したの15分前だし。
無事に撮影が終わった。
ハトが撮影中に逃げ出さずに飛ばなくて良かった。
慣れていない私はヒヤヒヤだった。
撮影後に、気持ちがなんだかスッキリした私は進路相談室に行き、
夜学の短期大学に浪人せずに入学した。
ハトを見るとあの時の事をたまに思い出す。
去年、卒業20周年の同窓会があった。
O君も来てくれていて撮影の思い出を少し話した。
「それは、ハト飛ばしたんだな。」会話を聴いた誰かが言った。
『ハトを飛ばす』は口裏を合わせるの隠語だ。
戦争時や犯罪などで収監された囚人が伝書鳩を飛ばして外部と連絡を取り、うまく口裏を合わせる事から、そんな隠語があるらしい。
そういえばA先生も伝書鳩の歴史で戦争時のそんなエピソードを言ってたっけ。
A先生からあの日の20年前の秘密を勝手に書いてるんじゃない!と、伝書鳩で連絡が来ない事を祈る。