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ショートショート『宇宙人裁き』

目が覚めて寄ってくる。
顔を近づけてくる彼女が怖かった。
これは現実なのか。

* * * * * * *

「☆○◇!□▽Ω△#!!」
声にならない自分自身の叫びで目を覚ました。
全身は、汗でびっしょりと濡れている。

カプセルを出てもまだ頭がぼぅと痛い。
どのくらい、今度は寝ていたのだろうか。
この研究所では睡眠を快適に過ごす為の新型の睡眠カプセルの実験をしている。

高尾は、ここで働く研究員だ。
黛がにっこりと笑い、ゆっくりとこっちにやってきた。
「ずいぶんとうなされていたようだけど。でも時折、ほっとしたような笑顔で。ねぇ今回はどんな夢を見ていたの?」
「どんな夢って」
高尾は黙りこみ考えた。
しかし何故だか、考えても考えても思い出すことができない。
思い出せないなんて、馬鹿馬鹿しい。
「いや、別にたいした夢じゃないよ」
「そんな隠さなくたっていいじゃない。恋人である私に言えないような夢なの、さては」
「さてはってなんだよ」
「はいはい、そういう事ですか。最近なんだか様子がおかしいとは思っていたのよね」
黛はそう言うとぐっと下唇を強く噛み黙りこんでしまった。

きっとした目でこっちを睨んでいる黛を見ていたら、なんだかとっても腹が立ってきた。
どうして思い出せない夢で、こんな状態に彼女に怒られないといけないのだ。
「言いたいことがあったら、はっきりと言ってくれよ。夢は単純に。そう、思い出せないだけなんだ!」
「嘘」
黛は小さく呟くと、とうとう泣き出してしまった。
「嘘じゃないって!」
泣き出す黛を見て高尾は頭をかかえた。

* * * * * * *

「おいおい、女性を泣かせるなよ」
比良が困ったような顔をしてやってきた。
「ここは職場だぞ。どうした?夢?夢を教えてくれないって、そんな事で仕事中によしてくれよ。みんなビックリするだろう。黛さんも、ねっほら」
黛は比良に諭されて落ち着きを取り戻したようだった。
腫れた目のまわりは、すっかりと化粧が落ちてしまっている。
「化粧室に行きます」
短く要件を伝えて部屋を出る彼女を目で追った。

「助かったよ」
比良が来てくれなかったら。
本心からほっとして比良に手をあわせてお礼を伝えた。
「まぁ女性は難しい時があるからなぁ。色々とその時の気分でな。あと常に一緒にいたい。わかっていたい。と思うものなんだよカップルは特に」
そう言うと天井の光を見て比良はコップの中身を飲み干した。
「そうだな。普段、冷静な彼女がいきなりあんなになるなんてビックリしたよ」
高尾も比良からもらった水を一口飲んだ。
「ビックリしたよ。俺も本心じゃ。そこまで拘る夢の話ってなんだったんだよ」
少しニヤリとした笑みを浮かべてイタズラぽく呟いた。
「いや、だから本当にそれは覚えて無いんだって」
少し焦って、あわてて答えてしまう。
「黛さんは化粧室だって。ここにはいないし、焦ることも無いだろう。男ならそういう夢を見る時もあるだろう。隠すことなんて、無いじゃないか」
高尾は、ほとほと困ってしまった。
「いや、だから本当に」
苦笑いを浮かべて弁明する。
「せっかく助けて、仲裁したのに、夢を教えてくれたって、いいじゃないかよ。高尾は本当にそういうところあるよな。黛さんの気持ちが段々わかってきたよ。なんだよ。助けなければ」
最後まで聴き終わる前に、凄く凄く腹が立ってきた。
怒髪天を衝く。
「助けなければってなんだよ!」
高尾は強く比良の肩を掴んでいた。
「痛いだろ!」
掴み合いような状態になり、高尾も自分自身が怒りでよく分からない状態になった。

* * * * * * *

「はいはい、どうしたどうした」
気づけば、高尾も比良も会議室に呼ばれて向かいあうように座らされている。

「お前達、ここは職場だぞ。感情に任せて喧嘩だなんて。しかも理由を聴いてみたらなんだ。夢だと。どんな夢を見たかだと。勘弁してくれよ」
チームの責任者である愛宕は、窓から外を眺めた。

どれくらいの静寂があっただろうか。
「申し訳ございませんでした」
比良がしっかりと愛宕へ頭を下げて部屋を出た。

なんだか、悔しくて涙が出た。何をやっているのだ、私は。
「まぁ、これでも飲みたまえ」
暖かいカップにほどよい温度のコーヒーが注がれた。
部屋にコーヒーの香りが充満した。
落ち着いた心を香りが連れてきてくれるような気がした。
お礼を軽く伝えて、カップに口を近づける。
鼻腔からの香りは落ち着く楽園に今だけ運んでくれるようだった。
また、目からゆっくりと溢れる涙を見て愛宕は落ち着いて言った。
「ゆっくりとここで落ち着き。落ち着いたら、今日は帰るといい。ゆっくりしたまえ」
その優しさが温かさが嬉しかった。
高尾は泣きながら、コーヒーをすすった。
愛宕は黙ってそれを見つめる。
そして、決意するように席を立ち、部屋の出口に向かって歩く。
「ありがとうございました」
「うむ」
愛宕は大きく頷き、部屋を出ようとした。
そして、踵を返して高尾に言った。
「その、オホン。別に重要ではないのだか、そのなんだ報告書にもしも纏める時にだ、今回の詳細な報告をしなければならない時もある。参考までに聴いておくが、君はどんな夢を見たのかね」
愛宕は少し恥ずかしそうに聞いた。
高尾は飲んだコーヒーがまた口から出てしまいそうだった。カップを持つ手が震える。
「覚えていません。夢は全く覚えていないのです」
震えながら、答えてゆっくりと愛宕を見つめた。
愛宕も震えていた。
「君は。君という人間は。ここまで恩をかけて、それを君という、、、もういい今すぐ帰りたまえ!!」

「どうしたのかね。声を張り上げて。何事かね」
社長の鞍馬がドアを開けて尋ねた。

* * * * * * *

役員室の眺めは最高だった。
ソファーにしっかりと腰を落とすとズブズブと腰が吸い込まれてしまう。
浅く座る事を心がけた。

「なるほど」

事の顛末の報告を受けた鞍馬がじっと愛宕に目をやった。

「愛宕くん。君らしくもない。内容はわかった。あとは彼と話すから君は業務に戻りたまえ」

愛宕はすっと音を立てずに立ち、しっかりと頭を80度ほど下げてから役員室を出た。

「君もなかなか大変だったね」
ゆっくりと語りかけた。
懐かしい祖父の面影を融和な笑みの向こうに見た。

優しい涙だった。
今日は何回泣くのだろうか。
溢れる想いが目から出てきた。
肩をゆっくりと叩かれた。
「それで、なんだ。どんな夢だったのかね」
涙は止まった。
「本当に。本当に覚えていないのです。申し訳ございません。本当なのです」
背中から、今度は嫌な汗がじっとりと出てくる。
「大丈夫だ。わかっているとも。君は我が社の優秀な社員だ。社員は家族同然だ。家族の悩みは小さい事も正解に把握しておきたいのだよ。わかるね」
優しい言葉の瞳の奥は笑っていなかった。祖父から閻魔大王様のような厳しい目の輝きだ。見ていると吸い込まれそうになる。
「はい、その事は存じております。しかしながら…」
「全くわかっとらん!」
言葉は遮られた。
「もう良い。そうか。非常に残念だ。君みたいな人材を失いたくなかったが」
不機嫌に葉巻に火をつけていい放った。
「残念だ。出ていきたまえ。明日からもう来なくて良い。君はクビだ!」
むちゃくちゃだ!!
「むちゃくちゃだ!」
気づいたら、叫んでいた。
「もういい、早く出ていきたまえ。警備員に連れ出されたく無いだろう。君も」
「こんな事、認められるものか!こんな決定なんて!」

* * * * * * *

「では判決を言い渡します。判決は『解雇無効』とする。これにて結審とします」

裁判官に呼ばれて、私は部屋を尋ねた。

「大変だったね。君も」
いったい何の用だろう。

もう人に呼ばれる度に嫌な予感しかしない。
しかしながら、判決も出た。結審もした。
大満足な無効判決だ。
お礼を言わずにこのまま、帰るのもなんだか違う気もする。しかし、やっぱり。

何かを裁判官は私に話かけて、いたようだが嫌な予感が脳裏をぐるぐると駆け回り「はぁ」とか「そうですね」とか適当な相槌ばかりで会話が全然、頭に入ってこない。

「それで、なんだ。どんな夢だったのかね」
ハッキリと聞き取れた。
この一言だけは聞き取れた。
足元が割れて、暗い暗い闇に吸い込まれていく感覚だった。
「全く覚えていません。本当です!」
激昂した裁判官。
非常ベルが鳴り、警備員がやってくる。
終わっていなかった。

何の罪だろうか。
牢屋に閉じ込められた。

もうなんなのだ。これは。
誰か助けて欲しい!!
もう誰でもいい。
誰か人でなくても、神様、そう神様助けてください!!
強く願った。

突然に輝く光が高尾を包みこんだ。眩しい光に思わず、目を閉じた。

* * * * * * *

信じられない事に、窓から見えるのは地球だった。
そして、彼らは誰だ?
輪郭しかハッキリとわからない。
わからないけど、きっと宇宙人だろうか。
もしかしたら神様かもしれない。

温かい光に包まれた。
脳に直接メッセージが吹き込まれていくような不思議な感覚だ。

トンデモナイタイケンヲミタ
ヒトノアラソイハバカバカシイ
ココデズットユックリクラストヨイ
トコロデドンナユメヲミタノカ

「いや、もう本当に勘弁してください。私は何も、何一つ覚えていない。お願いだから…」
カミナリのような光だった。
気を失う事ができたら、どれだけ楽だろうか。
「☆○◇!□▽Ω△#!!」
思わず、声にならない叫びが口から思わず出た。

* * * * * * *

目が覚めると研究所だった。
声にならない自分自身の叫びで目を覚ましたようだった。
全身は、汗でびっしょりと濡れている。

顔を近づけてくる彼女がなんだか怖かったが、何があったかを思い出す事ができない。これは現実なのか。
彼女は尋ねた。

「ずいぶんとうなされていたようだけど。でも時折、ほっとしたような笑顔で。ねぇ今回はどんな夢を見ていたの?」

遠く遠く何日も過ごしたような、また宇宙に飛んだ不思議な感覚さえある。

カミナリのような強い光を見た気もする。なんだろう。頭がぼぅとしてハッキリしない。

「どんな夢って」
高尾は黙りこみ考えた。


参考:落語『天狗裁き』より

『天狗裁き』(てんぐさばき)は、古典落語の演目。元々は上方落語の演目の一つである。長編落語『羽団扇』(演じ手は2代目三遊亭円歌など)の前半部分が独立して、一席の落語となった。現在の演出は、上方の3代目桂米朝が発掘・再構成し復活させたものによる。東京では5代目古今亭志ん生が得意とした。  wikipedia『天狗裁き』より抜粋

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