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『帰ろう』第一話

バックパッカーズ・ゲストハウスの途中ですが、ここで短編『帰ろう』にしばしお付き合い下さい。

 少し前に久しぶりに弟と一緒に酒を飲んだ。たぶん四年ぶりぐらい。オレは三十代最後の歳で、弟は三十代前半。
 オレと弟は同じ会社の違う店舗で働いていて、それはつまり兄弟揃ってつまらない仕事をしているということだ。

 オレたちの働く会社は、毎年一月に従業員全員参加で新年会をやる。それが今年は予定した日にちがことごとく緊急事態宣言やら自粛要請やらと被り、何度も延期を繰り返し、四月までずれ込んだ。まん延防止等重点措置とかいうものは出ていたが、まだ緊急事態宣言は出ていなかったタイミングで、「これ以上ずれ込んだらもう新年会じゃない」という基準がよく分らない言い分が通り、無理やり新年会を決行することになった。

 従順な労働者であるオレは、「そこまでしてやるようなことなのかよ」と思いながらも、新年会前日に急に振られた、「優秀な従業員を表彰する時に渡す賞金」を金封に詰めるための作業で残業した。ちなみにオレは表彰される従業員には含まれておらず、弟は名前は読まれるが賞金が渡される程ではない従業員だった。

 新年会では、オレと弟は店舗が違うので毎年離れた席に座っていた。それで大して絡むこともなかったが、今年は例年より狭い会場になり、探さなくても彼の様子が把握できた。
 式の早々にいい感じに酔っ払った弟と同僚のアル中が、次々と適当なやつを狙って酒を飲ましにかかっているのが見えた。目が合ったらこっちへ来ると思って、オレはコソコソと弟から隠れた。
 前年も前々年も出された酒はそれがなんであろうと全て飲んでいた。前々年に関してはトイレで吐いている間に集合写真の撮影が行われたのでオレの姿は残らなかった。しかし今年は、このあと余興でおこなわれるビンゴ大会の司会進行という大役を任されていた。それで、極力飲まないようにしていた。

 二時間ぐらいが丁度いいのに、中だるみも交えて三時間おこなわれた新年会が終わったあと、社員たちは仲がよいグループに分かれて散り散りになっていった。
 オレは、『年長者なのでどこかへ連れて行ってくれるかも知れない』と期待しながら後を着いてきた、仲の良い上司の一人も居ない、仕事の出来ないヤツらを、「家庭持ちで月収二十二万だぞ!!」といって追い払って、一人で自転車を駐めてある会社前に向って歩いた。

 辿り着くとオレの自転車はなく、違法駐輪撲滅隊によって撤去された旨が路上に貼られていた。それでこのバッドラックを誰かに報告したくなって、灯りの付いていた会社の扉を開けると、弟とアル中と数人の後輩連中が、「この後どこへ行くか」という話し合いをしていた。
 オレの姿を見て弟は、「飲みに行こう」といい、オレは、「自転車が撤去された」と答えた。それに対して弟は、「じゃあ飲みに行こう」とチグハグなやり取りをした。

 

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