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『ジャングルの夜』第四話

 電動アシストのついた自転車は、小型な見た目に似合わず快適だった。三線教室まではあっという間についた。そこで一時間みっちり教えてもらった結果、自分は音痴だということを改めて確認したのち、北へ向った。

 途中、雨が降ったり止んだりしたが、小雨だったので大して気にならなかった。それよりも、自転車のバッテリーが思いのほか早く減ることが気になった。この分だと帰りは持たないなと思い、途中から上り坂以外はアシストをオフにする省エネ走法に切り替えた。そうなると、重いバッテリーを積んだ、小型の自転車は快適とはいえなかった。

 一時間といくらか自転車を漕いで、ようやくアメリカンビレッジに着いた時には、汗と雨で体が湿っていた。人と会うまではまだ二時間半ほど時間があって、探索しながら過ごすのにはちょうど良い時間に思えた。

 千多は写真を撮りながら施設内と海辺を歩き、適当なステーキハウスで遅めの昼食を取った。ステーキハウスのウエイターはバイトとおぼしき若い男の子で、グラムで飯を食うことに馴れていない千多がステーキの大きさを相談すると、一緒になって真剣に選んでくれた。

 食後のコーヒーを持ってきたウェイターに、「どうでしたか? お肉の量は足りましたか?」と話しかけられた千多が、「ちょうど良かった」とお礼を言い、ついでに味も褒めると、嬉しそうに笑った。その姿に、千多はシャイだが人の良い沖縄人の気質を見た気がした。

 その内にいい時間になって、むかし千多が東京にいた時に親しくしていた男がわざわざアメリカンビレッジまで来てくれた。知り合った十年前とあまり変わらず、幼さの残る男に、千多は、「変わらないな」と言い、男は、「千多さんはだいぶ老けましたね。最初誰か分からなかった」と遠慮のない言葉を返した。
「景気は良くない。俺だけじゃなく沖縄の人はみんな」と言いながらも、むかしと違って真面目に働いているようで、一時間半ほど近状報告と昔話をしたあと、男は夜勤に行くために帰っていった。

 千多も那覇市へ向って帰ろうと自転車を漕ぎ出してすぐに、降ったり止んだりしていた雨が突然のどしゃ降りになった。たまらず近くにあったコンビニへ逃げ込んだ。そこでしばらく時間を潰していたが、タバコが吸いたくなって店先へ出た。

 灰皿の近くには、雨宿りしながらタバコを吸う女が一人いた。手には缶ビールを持っている。
 千多のタバコが十分に根元まで減ったころ、女は、
「雨、もうすぐ止むかな」と言った。
 少し迷ったのち、それが自分に向けられた言葉だと判断した千多は、
「自転車なんで、止んでもらわないと困る」と返事した。
 女は駐められた自転車に目をやって、
「あれお兄さんの?」と面白そうに言った。
「レンタルサイクルで――」と千多がここへいる経緯を話すと、女は、
「ようこそ沖縄へ。――歓迎に一杯おごるよ。飲めるんでしょ」と言った。

 飲みかけのビールを手にしたまま、コンビニの店内で買い物をする女はかなりのすれっからしに見えた。店内の明るい照明で見ると、白髪が何本か浮いて見え、年の頃は自分とそう変わらないように思えた。

――二杯目はお礼に千多がおごった。女に、「移動した距離に応じてポイントが貯まる」というアプリへ招待された。雨が止むと、
「ゆんたく出来て楽しかった。――頑張れ。お兄さんならすぐにポイント貯まるよ」と女は寂しそうに笑った。

 すっかり暗くなった道をバッテリーの切れた電動自転車で走りながら、沖縄二日目の夜は更けていった。

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