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『嘔吐の花』最終第四話

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 バイトをし、酒を飲んでゲロを吐く。そんな生活はいつまでも続けられない。ある朝、目覚めた瞬間に、そう気づいた。それで散髪と職安にでも行けば良かったが、前夜の酒が残ったままの私は、そうする代わりに、ネズミやスポンジをモチーフにしたキャラクターに匹敵する物を作ろう思い立ち、ノートとボールペンを手に喫茶店へ行った。そこで、「パーラー・ボーイ君」というオリジナルのキャラクターを描いた。そのキャラクターひとつで、人生が変わると思った。

 翌週、ヒロにその話をすると、「部屋が殺風景だから、俺にも絵を描いてくれ」と言われ、私は気安く引き受けた。
 次の休みには、パーラー・ボーイ君のイラストを片手に、電車とバスを乗り継いで、興味本位にヒロが単身で暮らす、山奥の平屋へ訪ねて行った。

 リノベーションされた物件は綺麗だったが、確かに殺風景で、ワインのボトルとギターぐらいしか目に付く物はなかった。
 ヒロが指さし、「ミック、見てくれ。これをちゃんと取っているんだぜ」と言う壁には、私が、立ち飲み屋で彼の手帳に当てずっぽうの綴りで書き込んだ、「Third Eye Blind」というバンド名と、「Semi-Charmed Life」という曲名のメモが、フォトフレームに入れて飾られていた。こんな物を大切に取っているなんて、ヒロは私のことを、「ミック」と呼ぶ内に、本物のミック・ジャガーとの区別が付かなくなっているんじゃないかと心配になった。
 ヒロはその横へ、パーラー・ボーイ君のイラストを飾った。

 山奥の平屋で二杯ワインを飲んだが、結局二人で時間を掛けて、いつもの繁華街まで出た。
 その夜、ヒロはあまり喋らなかった。夜の空気と酒、隣に友達がいれば会話なんてものは大して重要ではないことに気がついたように見えた。たまに、「生活から滲み出るようなブルース」「髪を切ると魂が抜ける」「ジャジャーンジャジャン」というお気に入りのフレーズを脈絡なくつぶやいた。

 その晩からほどなく、ヒロは突然、故郷の九州へ引っ込んだ。それで、私はワインを飲まなくなり、花のない花壇に反吐をあたえることもなくなった。



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