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『ジャングルの夜』第九話

 レンジャーのような格好をした女性スタッフがひとりでいて、あいさつを交わしたあと、キャビンに模した施設内のカフェのテラス席で待つようにうながされた。

 そこにトレッキング用の長靴が一足だけ用意されているのを見て、千多は参加者が自分だけだと悟った。嵐になるかも知れなかった晩にジャングルを歩こうなんて人間はそうそういない。

 危険事項に関する同意書にサインしている間に、副社長から電話が掛かって来た。
「ジャングルへ行くとか言ってたけど、どうなった?」
「これからジャングルへ入るところだ」
「この天気でもやるんか」と副社長は驚いたあと、
「いいなぁ。行きたかったけど、最後の夜だから、みんなを飯とか飲みに連れて行かないといけないから」
 どうやらジャングルが中止になっていれば、千多のことも誘ってくれるために電話してきたようだった。

 豪快で面倒見がよい、優しい男の声には、変わり者の千多を羨む色が含まれていた。

   同意書にサインすると、女性スタッフから貴重品を入れるためのバッグと、虫除けスプレーを渡された。刈りあげたサイドに三つ編みにした毛を垂らしている個性的な髪形の女性スタッフに千多は見覚えがあった。

 日中おきなわワールドへ来た時に、ハブとマングースのショーで彼女のことを見かけた。ぽちゃっとした大柄な男がステージをやっている脇で、助手をしながら、効きが悪いのか、首をかしげながら、BGMとして使われるステレオのリモコンをいじっている姿が記憶に残っていた。

「待っている間に、よかったら記念撮影しますか」と、駐められているジープを指して言う彼女に、
「参加者は自分だけですか」という分かりきった質問をしたあと、「今日ハブのショーであなたのことを見た」と伝えた。

 どうやら、一日三回あるショーの主役をぽっちゃりと彼女で交互にこなしているらしく、「お昼の回に出てた」と嬉しそうに言う彼女に、「助手をやってた回だ」とは言えず、千多は適当な嘘をついて話を合わせた。

 どうやって生きていたらヘビ使いになるのか興味があって聞いてみると、「家の近くで仕事を探していたら見つけた」というかなり敷居の低い答えが返ってきた。良い感じに力の抜けた彼女の立ち姿にあっているように思えた。

 ジープに手を掛けて写真を撮ってもらったあと、腰に巻くか、たすき掛けにするか、渡されたウエストポーチかメッセンジャーバッグか分からない貴重品入れの収まりのいい場所を探しているうちに、時間となり、建物の影からガイドが登場した。予想していたとおり、ガイド役は日中見た、少しぽっちゃりとしたヘビ使いの男だった。

「ジャン!」と軽妙に飛び出してきた男は、
「本日ガイド役を務めさせて頂きます――」と自己紹介をしたあと、千多の少し変わった名前をいじった。

 登場のくだりだけで、「参加者が一名でも関係ない、こいつは本域だ」察して、千多も出来るだけ愛想良く振る舞った。

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