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『メジロマッチ』⑩

前回までのお話         

 運動会の当日になって、私たちはリレーの順番を変えたいと先生に申しでた。

 どうしても最後の五メートルが埋められなかった。それで、大きなリードを作っときながら、アンカーでゴボウ抜きにされてしまう光景よりは、後半に速い者をもってきて差を詰めるほうが、いくらかマシだろうと子供ながらに考えたのだ。

 岡田先生は、あっさりと、「お前らの好きなようにしたらええ」とOKしてくれて、それどころか、他の先生に向かって、「アンカーだけ走る距離を一〇〇メートルにしましょうよ。そのほうが盛り上がるでしょう」と掛けあった。

 私たちは心の中で、「ええぞ、先生!」とエールを送ったが、その意見は、「今さらそんなこと言ってもムリだよ」とか「小学生に一〇〇メートルは長すぎる」「岡田先生は相変わらず非常識だな」などと言われて他の先生に総反対されてしまった。

 岡田先生は、あっさりと引き下がって、「やっぱりアカンかぁ」と笑った。
 今思っても、なにを考えているのか分からない、不思議な先生だった。

 運動会が始まり、次々と種目を消化していくなか、私たちリレーのメンバーは他の人の競技を応援していても、どうにも身が入らなかった。つい、リレーのことを考えてしまうのだ。
 一番最初に諦めて、捨てたはずの種目が、いつの間にか一番大切なものになっていた。


 運動会終盤に、リレーの準備のため入場門へ向かおうとしたときに、花子につかまった。

「大丈夫やで、あんたら。今日、勝つよ」彼女はそう言った。

 それに対して、「ん? あ、そうか」とうわの空で気のない返事をする私に、花子はいつになくハリのある声で、

「ほんまやで! わたし、そういうのわかるんやから! あんたら、今日ぜったい勝つんやで!」と言った。

 その声にびっくりして、私が彼女の顔をまっすぐに見ると、花子は不器用に笑ってみせた。一年半同じクラスに居て、はじめて花子の笑っている顔を見た。

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