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人間の言葉を話すエジプトの猫②


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「日本語は全然分からない」

目の前の猫は、猫特有の甲高いしゃがれ声でそう言った。アラビア語を外国語としている私にもしっかり聞き取れた。漫画だったら、こっちは驚きのあまりひっくり返っているだろう

この猫の名前、性別や年齢はおろか、毛色すらも覚えていないのだが、顔が小さく四つ足がスラッとした、典型的なスリムなエジプト猫だったのはしっかり脳裏に刻まれている。

猫はつっけんどんだった。露骨に私を嫌っているのが明らかだった。

「なぜ私を嫌いなの」

「日本人の撮影隊にはいい思い出がないからさ。どいつもこいつも、挨拶や自己紹介もしない不躾な輩ばかりだったよ。それに自分に敬意を払ってもくれなかった、ああ思い出しても腹が立つ!」。(←猫が話したことです、念のため。)


いかに日本人の撮影隊がいつも傍若無人で、非常識なのか、我が物顔でズカズカやってきて、勝手に撮影しまくったあと、何も支払いもなければ、後日お礼の手紙も来ない、と猫はぐちぐちこぼし続けた。

(ちなみに取材に来た記者は、エジプト人を除くと日本人だけだったそうなので、ほかの国の取材者はどうだったのかというのはないそうだ。)

私は本気で猫に頭を下げ詫びた。すると、猫はようやく少し機嫌が直り、私のアラビア語を褒めてくれた。

「ありがとう。あなた(猫)は英語は分かるんですか」と私が質問をした。

「ラ、アラビーヤバス(いいや、アラビア語しか分からない)」。

...

カメラマン氏と私はその場にいる少女が腹話術をやっているのではないか、とずっと疑っていた。一から状況を整理すると、そもそも猫が話すなんてありえないから。

ところがいくら注意深く耳を澄まし凝視していても、ウ~ン、猫が喋っているんだよなあ、猫の口から声がちゃんと聞こえているのが間違いないんだよなあ...

「猫だけを部屋に残して、お嬢さん、あなたは退出してくれませんか」とカメラマン氏がお願いした。少女がいなくなっても、猫は喋るかどうか、これで真偽の程がはっきりする。

「それは無理。この猫は内気で、あたしがいないと嫌がるもの」。

うむ、無理矢理少女だけを部屋から追い出すわけにはいかない、仕方ない、このまま少女の腹話術ともおぼつかない、猫との会話を続けた。

猫は生き生きと喋り続けてくれた。好きな食べ物、好きな遊び、好きなクッションの事など。

私たちはずっと猫の顔の動きを見ていたが、喋っている時は確かに口がもごもご動いており、少女が話す時と猫が話す時が重なることもあった。その時は一度に両方の声が聞こえた。

「なぜ、人間の言葉を喋れるのですか」と私が猫に尋ねた。

「人間の大家族と一緒に暮らす中で、自然に覚えただけさ。そもそも、猫はみんな人間の会話を全て理解しているよ。


ミャーミャー猫語で、正確に返事もしているんだ。ただ猫の口の形や喉の構造上の問題で、分かっているのに人間語を話せないだけなんだ。

自分はたまたま、どうすれば人間語を発っせられるか、自然にコツをつかめたんだ、凄いだろう?」。(←くどいですが、「猫」が話しています)


フムフム。納得できたような、出来ないような。なんともしっくりこない不思議な気持ちのまま、最後に失礼ではない程度の、金額のギャラを家長のお父さんに渡し、私達は挨拶をしその村を後にした。


カイロに戻る車の中で、エジプト人カメラマン氏と私は撮影したビデオテープを確認した。ビデオテープを見ても、ウ~ン、猫は喋っているなあ。

ちなみに、今までの日本人クルーはみんな失礼だった、と家長たちはムッとしていたが、

もしかしてそれは威張っていたり礼儀知らずだったがゆえにではなく、パニックになっていたからじゃなかろうか。

たった今見たもの耳にしたもの(=喋る猫)を受け入れるのが難しく、テンバッてしまい、それでそそくさ慌てるように去っていたんじゃないだろうか、

ということを帰途に就く間、私はぼんやりと思った。


結局、私達が撮った喋る猫の映像を、日本のテレビでも紹介されることはなかった。

日本の制作会社側から「やっぱり(テープは)いらない」と言われ、カメラマン氏も私もギャラは結局貰えなかった。(もしかして旅行会社は受け取っていたかも)


喋る猫の村からカイロに戻った後、私はいろいろな友人にこの体験話をした。

話を聞いた友人は日本人であれイギリス人であれエジプト人であれ、みんな同じ反応をした。「困惑」だ。

私が嘘を言っている、私の頭がついにイカれた、ハシーシでも吸っているんじゃないかなどあれこれ疑われた。

だから、私が一生懸命に喋る猫の話をすればするほど、みんなは一様に訝しげな顔をするか、鼻で笑うか、イラッとされるかだった。

誰にも信じてもらえずもどかしくてたまらない。私もまだ若かったので、負けず嫌いだったし...カメラマン氏の撮影していたビデオテープを入手しようと思った。

が、彼の自宅電話番号は知らなかった。(まだ携帯電話はなかった)そもそも彼はあのあとすぐにドバイに出稼ぎに行ってしまっていて、旅行会社を辞めていた。

結局、誰にも信じてもらえず、とても歯痒い思いをしたがなにしろ証拠がない。だからどうしようもない。(連れて行ってもらっただけなので、肝心な村の名前も覚えていないし。)

でも本当に本当にしゃくで悔しかった。その後、映画やドラマで宇宙人や幽霊に出会った登場人物が

「本当、本当なんだよ、信じてくれよ、頼む!」というシーンを見るたびに、私はこの時の自分を思い出したものです(苦笑)!!


半年後-

ナイルヒルトンホテルでお茶を飲んでいたら、見覚えのあるエジプト人の顔が通りかかった。

「あっ!」。思わず声をあげた。あの時のカメラマン氏だったからだ。向こうも私を覚えていて、目が合うと満面の笑顔で近付いてきた。

挨拶と一通りの近状報告をしあったあと、お互いにもじもじしながら「あのぉ~」

.....

「喋る猫、覚えている?」と先に口にしたのは私。するとカメラマン氏は目を大きく見開きうるうるさせ、

「もちろん!間違いなくあの猫は会話をしていましたよね!?」と真剣な声で私に確認をしてきた。


カメラマン氏が言うには、どうしても喋る猫のことが頭から離れず、私同様にいろいろな人に喋る猫の話をしたものの、全員に笑われた。誰一人まともに聞いてくれなかった。

これは録画したビデオテープをみんなに見せるしかないと思った、だがうっかりテープを消去してしまっており証拠がない。

だからもう人に話すのはよすことにしたのだが、あまりにも強烈な出来事だったので、ずっと覚えていたと。

「間違いなく、あの時猫は喋っていましたよね、しかもべらべらいっぱい喋っていましたよね。少女の腹話術では絶対なかったですよね」

「うんうん、そうだよ間違いないよ!」

私たち二人は力強く大きく頷き合った。その後、カメラマン氏とは一回も会うこともなかったけども。


2000年過ぎた頃、私は東京に戻っていた。

ある日、朝起きてコーヒー飲みながら自室でOutlookの受信箱を開いた。するとおや?複数ものEメールがエジプトから届いているではないか。

はて、と首を傾げた。ほぼ同時にカイロの友人たちから一斉のメール...

ダイヤル回線時代で、カイロの友人の多くはまだパソコンを持っておらず、ネットカフェにわざわざ出向いてメールの送受信を行っていた。

今のように自宅で寝そべりながら、気軽にメールを送れる時代ではなかったから、いろいろな友人から一気にメールが届くなんて奇妙だな、と思った。

それぞれのメッセージを開くと、びっくり!書いてあることはほぼみんな同じだったのだが、なんと半分忘れかけていたあの喋る猫の話題だった!!

例えば、エジプト人と結婚し出産もしている日本人のカナコのメールを読むと

「昨日、こちらのテレビで喋る猫の特集番号が放送され、反響を呼んでいます。

ローローさん(私のこと)が言っていたのは本当だったんですね!疑ったり馬鹿にして本当にごめんなさい」。

ほかの人からのメールもだいたい同じものだった。私は胸に熱いものがこみあげてきた。

数年たってようやく嘘つき冤罪が晴れた。カメラマン氏は今どこにいるか知らないけど、彼も周りに分かってもらえて喜んでいるだろう。バンザイ!エジプトテレビ番組さん、ありがとう!

そしてあの猫もまだ生きていた。何だか良かった良かった。やれやれ、とニコニコして思いっきり両腕を広げた。すると...

イタイタ、イタタ!!!飼い猫の右近に広げた片手を引っ掻かれた。

「右近や、痛いよ。言いたいことがあるなら喋ってごらん。できれば日本語が助かるよ」。

右近はじいっと私の顔を睨み、そしてフンッというようにきびすを返した。そうだろうなあ、人間ごときにいちいち口を利かないだろう、面倒くさいだけだ。あのエジプトの喋る猫はお人よし...もとい、お猫よしだったんだろうな...


「猫はみんな人間の会話を全て理解しているよ。」 by エジプトのとある村の喋る猫(1996年)

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