The GORK 20: 「禿山の一夜 魔女たちの集合。そのおしゃべりとうわさ話」
20: 「禿山の一夜 魔女たちの集合。そのおしゃべりとうわさ話」
その巨大倉庫は夢殿三区の外れの寂れた工場地帯にあった。
つまり酔象川の川原に近い。
倉庫前の広場には数台の車が止めてある。
いずれも場所柄に似合わない高級車だ。
倉庫の入り口には数人の物騒そうな男達がたむろしていて、僕たちが近づいていくと、中で一番頭の良さそうな男が出迎え役をかって出てきた。
ピアノの白の鍵盤見たいな歯並びを持つ映画俳優のジョン・レグイザモに良く似ている。
愛嬌があるのに、そのクセ、凄く獰猛な感じのする不思議な顔立ちだった。
剛人さんがその男に名刺のような紙切れを手渡すと、それを見た男は付いてこいと顎をしゃくる。
おそらくその紙切れは、ソーヤ辺りが書いた紹介状なんだろう。
なんだか映画の一場面みたいだけれど、これは現実のことだった。
それにこうやって都市伝説が、期せずして現実の姿を現し始めると、僕が探し求めている沢父谷姫子が、死体で発見、なんて懸念も出てきた。
「澄斗さん。ここから先は私ははいれません。でも中では何も起こらないでしょう。起こるとすれば外だ。あるいは、あなたが軽率な行動をとった時か、、、この街で遊び慣れている貴方だ。私の言っている意味はおわかりでしょう。止めるなら今だ。」
「例えば、誰かが此所のことを密告して、警察が踏み込んで来たらという事だよな、望む所だよ。俺はその後、いくらでも軽率な行動をとってやるさ。親父の為にね、」
どうしてこの子はこんなに自分の父親の事を強く憎んでいるんだろう、、それを考えると何故か僕は頭が痛くなった。
けれど僕のその頭の痛みは、倉庫の扉が開けられた時に嘘のようにとれていた。
扉が開けられた途端に、がらんとした倉庫の広い空間が現れるのかと思ったが、そこにあったのは大型コンテナを並べて作ったと思われる、迷路の様な細長い通路だった。
「クラブ・チェルノボグにようこそ。入場する前に、此処でマスクを付けてもらいますよ。そしてクラブから出るまでは、そのマスクを取らないこと。更に、クラブから出る時は、必ずあんた達だけにしてもらいたい。出る時に、この人と中でオトモダチになりました、ってのは駄目だ。」
ジョン・レグイザモが慣れた口調で言う。
「客同士は、お互いの事を知る必要はない。そういうことだね。」
ジョン・レグイザモがじろりと鷹匠クンを睨む。
「あんた、口数が多いな、、いずれその口で身を滅ぼすぞ。中に飾って在るものを見て、この世の真実を知るがいい。」
男はそう言いながら僕たちをコンテナで作られた受付ブースに案内した。
男のいうマスクは、頭部全体をびっちりと覆うラバー製の黒光りするガスマスクだった。
ただしマスクの口元にある筈のフィルターは外されており、その穴から辛うじて口を外気に触れさせる事が出来る。
ノーネクタイで高級なスーツを着崩した鷹匠クンと、娼婦然とした僕が昆虫の頭のように見えるガスマスクを被ると、二人とも何か変な生き物になったような気がした。
「そのマスク、気に入ったなら持って帰ってもらっていい。サツに踏み込まれたらそれを被ったまま逃げることだ。まあ、あり得ないがね。会場はこのドアの向こうだ、帰る時はこのコンテナから、、、俺じゃないかも知れないが、誰かが詰めている。帰ると一言声をかけてくれればいい。俺の名はロドリゲスだ。覚えておいてくれ。」
ロドリゲスって偽名に決まってる筈だけど、まさか、映画「三人のエンジェル」に登場するチチ・ロドリゲスをもじっているのかしら?
確かにチチ・ロドリゲスは、ジョン・レグイザモが演じているけど、あれはドラァグクイーンの役どころだ。
それを分かって名乗っているのならこの男、相当、ネジ曲がったユーモアセンスの持ち主だと思った。
倉庫の中は薄暗かった。
中央部分に幾つかのスポットライトが立てられていて、光の円錐があちこちに数本たっている。
その回りにはコンテナで作られた幾つかのブースがあるようだった。
それに驚いた事に大型コンテナトラックが2台駐車していた。
「とりあえず、明るい所に行ってみよう。僕の側から離れるなよ、子猫ちゃん、、、、あっ、君の名前なんだっけ?」
つくづくお坊ちゃまだよ、あんたは、、そう思ったけれど、僕は僕で、なんの偽名も用意してなかった自分に慌てた。
とっさに昨日の夜見たテレビ番組を思い出した。
部屋の中では全裸で過ごすのが癖というシングルマザーの腕利き女刑事の話で、主演女優の名前が涼子。
「涼子、、、ださい名前だから、あんまり好きじゃない。仲のいい子は、あっしのことリョウって呼んでる。」
「だったら、涼子ちゃんから始めるかな。・・・おっ、アルコールとオードブルは一応用意してあるんだ。」
鷹匠クンが言うとおり、手近な所に会議用の長机に白い布をかけただけのテーブルがおいてあり、その上にはドリンク類とオードブルが用意されていた。
面白いのはカクテルでも発泡酒の類でもすべてストローがついていた事だ。
オードブルもよく見るとあちこちに爪楊枝や小さなフォークが用意されていた。
確かにこれならガスマスクを被っていても食事をとることが出来る。
細やかな気遣い、やるじゃん、オーナーの河童野郎、、と僕は妙な所で感心してしまったのだが、そう言えば、いつ河童に出会えるんだろう?
「じゃ、行こうか。」
鷹匠クンはウィスキーグラスにストローを差し込んでそれを器用に指先でぶら下げるように持つと僕の腕を引っ張って歩き始めた。
僕は慌てて、銀の器に盛ってあった莓を一粒口にほおりこんで、鷹匠クンについていく。
頼りないナイトだが、いないよりはましだ。
幾つかある光の円錐の側に近づくにつれ、このクラブの実態が見えて来た。
それぞれの光の中央には、様々なポーズを取った全裸の女達がいて、その回りを何人ものガスマスク姿の男女が取り囲んでいた。
全裸の女の近くには人間がすっぽり収まりそうなトランクが蓋を開けた状態で放置してある。
あの大型コンテナトラックも、そのトランクも、総ては警察の踏み込みに備えて準備されたものなのだろう。
手入れがあったら、何もかもを一気にトラックに放り込んで撤収する。
周囲の人間たちの会話から、このクラブの正式名称が「チェルノボグ・サーカス」だという事が分かったけれど、確かに此処には、移動式サーカスの雰囲気があった。
一番近くの光円錐に近づいてみると、その中央には腰を前に突き出したストリップダンサーのポーズをした女が立っていた。
だがその女は微動もしない。
すると全裸の女の右側で彼女を観察していたドレス姿のガスマスクの女が、やおら全裸の女の右乳房をむんずと鷲掴みにした。
胸を掴まれた女から悲鳴が上がるかと思った瞬間、その乳房がパッカリと外れた。
残された胸元の断面からは、生々しい脂肪層や筋肉や血管の断面が現れたが、血は一滴も流れていない。
ガスマスクの女は、自分の手のひらにある乳房の断面をしげしげと眺め物思いに耽っている。
知ってる!これってプラスティネ-ション標体だ。
「すげぇ、、これが人体剥製なのか、、、。」
隣にいる鷹匠クンの声が掠れていた。
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