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The GORK  19: 「12時過ぎのシンデレラ」

19: 「12時過ぎのシンデレラ」

 初めて同性の男とキスをした。
 なんとも言えず不思議な感じがしたし、正直に告白すると、恐ろしく興奮した。
 それでも俺とマリーは、結ばれなかった。
 肌を合わす前に、自ら身を引いたのはマリーの方だった。
 蛇喰への自分の想いを思いだし、それを大切にしようとしたのだろうか、それは判らない。

 とにかくその翌日、俺はマリーに教えて貰ったパスワードと、非常通路に入る為の鍵を持って、白目十蔵の部屋の前で張り込みを続けていた。
 パスワードが今でも通用するのか、事前に確かめたい所だったが、30分間も総てのセキュリティが停止するようなテストなど出来るはずもない。
 一発勝負だったが、このパスワードでドアが開かなければ、そのまま引き返せばいいことで、ダメージは少ない。

 俺は裏十龍のありとあらゆる場所に仕掛けられた監視カメラの死角に潜みながら、ただひたすら白目十蔵が自分の部屋から出てくるのを待った。
 ここから一番近い非常通路まで走って約3分、パスワードを打ち込むのに1分ほどかかったとして、十蔵の部屋に進入を果たす為には7分は必要だ。
 マリーの言葉を信じるなら、残り23分で十蔵が隠し持っている筈の人体臓器を盗み出すか、損傷させなければならない。
 盗み出しても処理に困るのが目に見えていたが、対象が人間の臓器だけに、簡単にその場で傷つければ良いとも思えず、どちらにするかは未だに決め兼ねていた。

 ここのマンションは、内側からでも許可された使用者として認知されなければそのドアは開かない。
 つまり30分以上、俺が十蔵の部屋に留まっていれば、俺は奴の部屋に閉じこめられてしまう可能性があった。
『不確定要素ばかりだ。・・いつもの俺なら十蔵と飲み友達になるまで接近して情報を集めてる。奴が一番大切にしてるものだって既に判っているワケだし、入室の認証権も十蔵を丸め込んで奴から直接貰っているかも知れない。それが俺のやりかただ。ところがどうだ。このざまは、、これじゃまるで蛇喰に都合がいい、使い捨ての操り人形じゃないか。』
 張り込みの間中、俺の頭の中では、そういった愚痴めいた思いと、リョウの晴れやかな笑顔ばかりが交互に浮かんでは消えていた。
 男とだって寝れる、、、それは昨日の夜、マリーとの絡みで確証を得た。
 ・・・本当の意味でリョウを愛せるかも知れない。
 これからは自分を誤魔化さないで、リョウとつき合っていける筈だ、、、早く、仕事を終えて、この城を出たい。
 そんな気持ちだけが、今の俺を動かす唯一の原動力だった。


 鷹匠君がソーヤと呼んだ人物は、三区の奥まった場所にあるバーのマスターの名前だった。
 どうやらこの人物、バーのマスターとしてより、外部の人間が三区で遊ぶ時のガイド役と言うか、便利屋で有名らしい。
 三区ではあらゆる事が、お金になるのだ。
 そのソーヤに対して、僕が持ち出した物騒な夜遊びを成立させる為に、交渉に入っているのが、剛人、、つまりあのボディガード兼運転手だった。
 剛人がソーヤと店の奥まった事務室で密談を交わしている最中、我らがおぼっちゃまクンは何もせずに、僕に自分の腕をぴったりくっ付けながらカウンターで酒を飲んでいた。
「タケヒトってよく働くのね。あっしなら、てめぇ自分の事は自分でしろよ、ぐらいは澄斗君に言ってるよ。」
 なれなれしくも、もう澄斗君だ。
 僕が男なら(実際に男だけど)こんな女は絶対に信用しない。
 けれど男は、遊ぶなら「こんな女」と遊ぶんだ。

「あっ、、剛人ね。それだけの金を払ってるからね。判るかい。世の中ってそんなもんだよ。第一、世間のみんなが畏れるこの街だって、金持ちには優しい。なぜだか判る?それは僕たちが金を払い続けるからさ。ここは本物の悪党が多くて助かるよ。強盗して僕らの高々数万の金とカードが入った財布を盗み取るよりも、よってたかって相手の財産を長い間つまみ食いする方がいいって判ってるわけさ。もちろんその為には、こっちも、僕は金蔓になる間抜けな金持ちですってゆー名札を付けとかないとやばいけどね。」
 この坊やは、お金の事をどう考えているんだろう?
 貧乏人には何もやるなという金持ちの台詞があるらしいが、そのまったく逆を言ってやりたかった。
「・・ねえ、それより、その服なんとかしない。今夜、一晩だけでいいからさ。」
「こんな格好じゃ澄斗に釣り合わない?でも、お金ないよ。」
 態と僕は澄斗に肩をぶつけてやる。
 それにさり気なく「クン」を外した。
 この辺りの駆け引きが難しい。
 ひっかけやすい女と思われれば安くみられるけれど、いつまでも望みなしの女では、一晩勝負の出会いでは芽がでない。
「だから、さっき言ったろう。この世は金次第。金持ちがキングさ。そのキングが言うんだ。それにノッかればいいじゃん。そうと決まれば早速行こう。三区ならではの面白いブティックがあるんだよ。僕の知ってる子達は嫌がるけどさ。君ならきっと似合う。」
 おぼっちゃまクンは、さりげなく僕の手を握ってスツールから降りる。
 たぶんそのまま握った手は離さない筈だ。
 それにしても「僕の知ってる子達が嫌がる服」を、なんで僕なら喜んで着るわけ?
 『お前、この時点で失点1、きっと何処かで泣かしてやるぜ。』
 その時の僕はそんなふうに、事の成り行きを軽く予想していた。


 姿見の中に、ピンヒールとシーム付きのストッキング、黒のなめし革のマイクロミニスカートに幅ひろのエナメルベルト、上は絹のブラウスに毛皮のショールをかけた少女売春婦が立っていた。
 ウィッグのトゲトゲ頭がアンバランスで結構いけてる。
 高級娼婦ファッションがモチーフ?
 確かにどのアイテムにしても細部には凝ったデザインが施されているけれど「ファッション」を名乗る程ではない、笑わせる、こんな服、娼婦そのものじゃん。
 けれどさすが三区だ。
 世話をしてくれる店の子に、僕の真っ平らな胸を見せてウィンクしたら、精巧な偽乳セット付きで黒いレースのブラを用意してくれた。
 それに僕が自分で作ったシリコン製の前用と後用のパッドが、裏に縫い込んである女装用パンティを発見してしきりと感心し、「ブラとのバランスが悪いけど、それはそのまま履いておく方が良いわね」とさえアドバイスされた。
 どうやらこの店の子は、鷹匠クンと僕との間に勝手なストーリーを作り上げて楽しんでいるらしい。
 シンデレラな女装少年に騙された王子様とか、まあその妄想は当たらずとも遠からずだけど。

「お着替えの荷物はどうされます?」
 預かって置いて、と言う前に鷹匠君がこう遮った。
「処分してもらいなよ。前のパンクがいいなら、又、俺がもっといいやつ準備するからさ。」
 買って貰った高級娼婦使用のハンドバッグの中には、メリケンサックも含めて主要なものは既に移し替えてある。
 店員の女の子と僕は顔を見合わす。
 勿論そこで交わされたアイコンタクトの中身は、「グッドラック」と「馬鹿な男よねぇ」の二文字だが、勿論、鷹匠君はそれに気付かない。

 ソーヤの店に帰った時、剛人はようやく交渉を終えたようだ。
 剛人は思い切り不機嫌な顔をしていた。
 彼は、どんな交渉をしても、自腹を切るわけではないのだから、金銭面以外で個人的に引っかかる何かがあったのだろう。
 彼と顔見知りになって数時間間しかたっていないこの僕にさえ、それぐらいの事は判るというのに、鷹匠クンは、いかにも待ちかねたと言わんばかりに剛人をせかせるだけだった。
「澄斗さん。私は今回の遊び、あまり賛成できません。」
 この時、僕の前では頷くだけの剛人が初めて喋った。
 ・・・渋い声、この人、凄くしっかりしてる、、声だけで判ることもあるんだ世の中には、、これから剛人じゃなくて、剛人さんにしよう。

「危険ですよ。下手をすれば、お父様のお立場に影響を与えかねない。」
 そういうことか、いくらリッチな家だって、こんな放蕩息子一人の為に、運転手兼ボディガードなんて、専属で張り付けたりはしない。
 つまり剛人さんは、鷹匠クンが火遊びに出た時のお目付役ってわけだ。
「、、、だったら尚更、僕は行く。これは命令だ。」
 こちらも、又、今までに見せたことなない鷹匠クンの気色ばんだ口調だった。
 よくありがちな父親に反抗する屈折した金持ちの坊や、、、僕的には剛人さんの味方だけど、僕には僕の別の目的がある。
 事態がすっ転んで、どこぞの大金持ちである鷹匠パパに累が及ぼうと、知ったこっちゃない。
 で僕は、鷹匠君の腕に可愛くしがみついた。
 剛人さんの僕に対する心の中の舌打ちが聞こえて来そうだった。


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