美術CLIL実践報告:絵画鑑賞を英語でやる授業
CLILとは、Content and Language Integrated Learningの略です。「内容言語統合型学習」と訳されます。すごーく簡単にいうと、英語で他教科の内容をアクティブ・ラーニング形式で扱うスタイルの教授法です。今回は絵画鑑賞を英語でやってみた授業の実践報告をしてみたいと思います。
授業の題材
今回はシャガールの絵を使って絵画鑑賞をやってもらいました。シャガールの絵は幻想的かつ超自然的で、個人によって絵に抱く感想が色々ありうるので、CLILの題材にぴったりでした。
例えば、最初に鑑賞してもらったのは「セロ弾き」というタイトルの絵です。↓のページからその絵を見ることができます(海外の通販のページにとびます)。
このセロ弾きのインパクト、すごいですよね。目の前にいるヤギも意味深で面白いです。このセロ弾きはどういう感情でいるのか?ヤギは何を意味するのか?そんなことをじっくり考え、意見を共有してもらいました。
絵画鑑賞の良いところは、「正解がない」ってとこです。入試や定期試験が学習の動機になりがちな生徒たちですが、正解がないことについてがちゃがちゃとやりとりをしていくことの楽しさや意義について感じてほしいなと思って今回の授業をやってみました。
絵画鑑賞をCLIL形式でやる、というのは、実は元ネタがあります。上智大学の池田先生があるコラムでお書きになっていた内容がそれです。ネットで読めない記事ですが、部分的に以下のHPで解説されています。(立命館のHPにとびます)
ただそのままやるだけでは芸がないので、すこしアレンジをして以下のように実践してみました。
具体的な授業の流れ
以下のようなタスクを組んで授業をおこないました。基本的に教師はすべて英語で授業をすすめますが、生徒たちはペアワーク時には英語を話したり日本語を話したり使い分けています。
(1)シャガールの絵を見せて、ざっくりとした印象を語ってもらう
(2)絵のなかに何が書かれているかをThere is構文で書き出す
(3)それぞれのパーツが何を示すかを自分なりに解釈して、I thinkやThat shows ~などの表現を使って言い表す →ペアとグループで発表
(4)キュビズムとコラージュについて書かれた英文を読み、概念を理解する。
(5)シャガールの絵をもう一度見て、キュビズムやコラージュが使われている部分を見つけ、絵のどこにそれらの技法が使われているかを受動態で示す
(6)(3)と同様にキュビズムとコラージュが示す意味を自分で考え、I thinkなどの表現を使って言い表す →ペアとグループで発表
(7)自分でシャガールの絵を探してきて、同様に鑑賞する。 →発表
(8)シャガールの絵の特徴を活かして、自分で絵画作品をつくる。
(9)クラスメイトの絵画作品を鑑賞し、今までと同様に鑑賞文を書く。
(10)(9)で自分がえらんだ「推しの作品」についてプレゼン
4Csで示すと...
CLILの学習内容は「4Cs(or 4つのC」」と呼ばれるフレームワークで示されます。4Csについては以下の記事で説明しています。
このフレームワークに沿って学習内容を示すと、以下のような感じになります。
授業の成果(1):文法の正確さの上昇
英語でアクティブラーニングをするとき、どうしても「表現の正確さ」がトレードオフになってしまうような感覚がありました。自由に発話させてみたはいいものの文法的には不正確な表現で、一応伝わりはするものの、このままだと色々な場面で(たとえば入試や資格試験で)損をするだろうなと思う英語が聞こえてくる...活発な発話活動を取り入れようとした先生なら一度はご経験があるのではないでしょうか。
しかし今回の美術CLILでは、それが見られませんでした。むしろ受動態やthere isの表現技法については、かなり正確性が向上しているという分析結果が得られました。それは何故かというと、要因は以下の3つかなと感じています。
(1)言語フォーカスが明確であったから
(2)対象を変えて同じタスクを何度も繰り返したから
(3)目標設定と振り返りの時間を設けたから
(1)の言語フォーカスとは、「この活動を通してこういう文法を使ってみよう」とか「こういう表現を使ってみよう」とかいう、言語的な学習の焦点のことを指します。「授業のながれ」のところで、there isを使おうとか受動態を使おうとかThat showsを使おうとか、ありましたよね。あれが言語フォーカスです。これが明確にあったことで、生徒たちは既有の文法知識を意識しながら、正しい表現をしようとしてくれたのではないかなと思っています。
(2)は「絵画鑑賞」という活動を繰り返したから、ということです。同じ活動を繰り返すのって、勉強になるけど退屈ですよね。ただ今回は絵画の対象を変えて何度も絵画鑑賞を繰り返したので、その繰り返しのなかで自分がやりがちなエラーを認識し、それを減らそうという意識が生まれたのかもしれません。
(3)はこの単元の評価方法のところで後述しますが、assessment approachが功を奏したとおもいます。アクティブラーニングでは、やはり学習ターゲットを明示したうえで振り返りをしたほうが学習効果が高いのだと感じました。
授業の成果(2):生徒成果物に対する美術科教員の評価
「授業の流れ(8)」では、生徒が自ら芸術作品を制作しました。このときに私がした指示は「シャガールの特徴を活かして自己表現をすること」「絵画の質は成績に入らないので、自由に描くこと」です。結果的に雑誌の切り貼りをした子もいれば、絵の具と色鉛筆をうまく使い分けて作品を完成させた子など色々いて、その多様性が面白いなと思いました。ここで生徒たちが一生懸命絵画を作成してくれたことが、結果として「授業の流れ(9)」以降の授業の豊かさを高めたなと感じています。まさに良い授業を生徒たちが作り上げていってくれたようで、僕としてはとても嬉しかったです。
また更に嬉しかったのが、美術科の先生からのフィードバックです。その先生いわく、「美術で制作してもらうものよりも、良い作品がたくさんあった」とのこと。これをその先生は「技法の縛りがなかったから」だと仰っていました。正確にいえばキュビズムやコラージュを活かして絵画を作ってくださいと言っていたので、まったく縛りがなかったかというとそうではありません。しかし「絵の具の使いかた」とか「粘土の使い方」とか、そういうhow toを授業の焦点にするよりも、「自己表現」を授業の焦点にしてそこに技法を乗せていくというほうが、豊かな成果物が出てくるのかもしれない、とその先生がおっしゃってくださったのです。
これは上智大学の奈須先生が仰っている「コンテンツ重視の教育」から「コンピテンシー重視の教育」へのシフトが起こったと解釈できます。「何を教えるか」ではなく「学ぶことを通してどんなソフトスキルを身につけるか」を中心に据えた教育は、カリキュラムが肥大化するなかで様々な可能性を持つというのが奈須先生のご意見です。そのあたりのことは、以下の本に詳述されています。
私は英語科なので、ある意味今回美術の「コンテンツを軽視」し、そのぶん「(自己表現という)コンピテンシーを重視」することができました。その結果、より芸術性のある作品という「コンテンツ的価値」も達成されていたというのは(もちろんひとえに生徒の頑張りのおかげですが)、非常に嬉しい評価でした。このように学校全体が少しずつ「コンピテンシー重視」の教育へとシフトしていけば、一人ひとりの生徒が自分の良さをよりよく発揮できる授業がたくさん展開される学校になっていくかもしれません。
評価方法を書く前に
これから評価方法を書きますが、まず教育の文脈における「評価」という言葉を捉え直す必要があります。
「評価」というと、日本語ではものすごく権威がある感じがしますよね。えらい人が一方的に学習者の質を判断し、客観的な指標で(数字とかABCとか)示すことを「評価」と呼ぶのが日本国内の教育の文脈では一般的かもしれません。
しかしこれは、学習者自身が振り返りのなかでより良い学習を目指していくようなアクティブラーニング形式の授業では一般的ではありません。「評価」は主に以下の3つに分類され、「評価者」は教員だけではないのです。
(1)「学びの評価」(assessment of learning)
(2)「学びのための評価」(assessment for learning)
(3)「学びとしての評価」(assessment as learning)
(1)「学びの評価」(assessment of learning) とは、テストなどによる総括的な評価のことを言います。一定の期間でどれだけのことを学んだのかを総括的に評価して数字などで示すのが assessment of learning です。日本では一般的に「評価」というと、主にこれを指すのかもしれません。示されるのは数字やABCなどの記号のみで、どう解釈するかは学び手に委ねられています。
(2)「学びのための評価」(assessment for learning) とは、ルーブリック等を用いて「相手のより良い活動のために評価をする」ことを指します。例えばスピーチのときにルーブリックを使うときは、基本的に事前にそのルーブリックを見せてから活動することになります。活動のあとにはそのルーブリックをもとに活動内容を「評価」し、より良い学びのためにはどうすると良いかをアドバイスします。これがassessment for learningです。アドバイスがあるので、学び手としては「次にどうすればよいか」を考えやすいですよね。
(3)「学びとしての評価」(assessment as learning)とは、「評価を通して学ぶ」というコンセプトです。たとえば先程のルーブリックを用いたスピーチ活動のとき、生徒に一度ペアを組んでデモのスピーチをやってもらうとします。そのときに自分のスピーチを自己評価し、「どうすればもっとよくなるか」を考える時間をとったとします。このときこの生徒は「評価を通して自分の学びのより良い姿」を考えていることになります。自分を評価することで、自分の学びに活かしているわけですね。これが assessment as learning です。
ここで気をつけたいのが、「assessment as learning=自己評価 ではない」という点です。自己評価は実は諸刃の剣であるということが以下の書籍などで指摘されています。
いわく、「自己評価はプラスの要素もマイナスの要素も強化してしまう」とのこと。つまり「自己評価で特定の項目に対して『自分はこれができない』と評価した人は、その評価が間違ったものであったとしても、そのネガティブな自己評価を受け入れてしまい、自分自身がその評価項目を苦手だと思い込んでしまう」ということです。これでは学びになるどころか、むしろ学びが阻害されていますよね。
これを踏まえると、assessment as learningを語る上で、やはり外せないのがcollaborativeであることです。例えば先程のスピーチ活動の例でいえば、スピーチを聞いてくれたペアからの評価も受け取ります(peer assessment)。こうすることで、よくも悪くも先程の「自己評価の思い込み」からは解放されやすくなるでしょう。最終的に先生の評価を受け入れるときの目線も違ってくるかもしれません。
このcollaborative assessmentを推奨しているのが、IBのPYPプログラムです。以下のassessmentの項だけでも読んでみると非常に参考になりますので、よろしければあわせてお読み下さい。
IBのcollaborative assessment approachでは、まず生徒と教師が評価基準を一緒になってつくります。この時点で日本の一般的な「評価」とはだいぶ違いますよね(笑)今回の美術CLILでは、このcollaborative assessmentを応用して実践しました。
評価方法
以下のようなワークシートを配布し、生徒に自分の学習目標を作ってもらいました。これをもとに定期的に自己評価や他者評価をし、学びを深めていきました。
これをやってよかったなと思う理由は色々あります。まずたくさんあるCLILの学習目標を、生徒が意識しながら学習し続けることができたという点です。また前述の英語のエラーが激減したのは、これを通して自分がたてた学習目標を(つまりは文法の体系的理解を常に意識して)学習し続けることができたからなのかもしれないと感じています。
そしてこれをどのように成績に入れたかというと、自己評価や他者評価の質そのものは数値化していません。それを提出してくれた頻度をかぞえて、「主体性」などの評価に組み込んでいます。「成績を出すための評価」と「より良い学びを目指すための評価」は、一致しなくて当然です。
本音を言えば生徒がどう自己評価しているかをもとにして教員と対話しながら成績をつける、ってとこくらいまでやりたかったんですが、日本の教育だと単独で周囲の理解を得ることは難しいですよね。なので上記のような感じで「成績を出すための評価」を決定しました。
失敗したなと思ったのは、紙にしてしまったことです。今はgoogle spreadsheetを使って、相互にコメントをつけやすくしています。ただデジタルのデメリットは簡単に消せてしまうことで、ちょっとこの点は苦労しています。
反省
鑑賞に授業の焦点をしぼったからこそ得られた利点がたくさんあったのですが、その反面ちょっと全体的に単調な授業になっちゃったかなと反省しています。もっと新しいinsightが生徒にたくさん与えられるようなreading taskなど課してみたら、最終成果物ももっと多様なものになったのかもなぁと若干後悔しています。
ただそれでもなお生徒自身が作り出した成果物の質が素晴らしかったので、後半の授業がぐわっと盛り上がったんだなと感じています。色々工夫してみましたが、振り返ってみると生徒の努力に支えられた実践だったなと思っています。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!なにかの参考になりましたら幸いです。
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