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読書記録「チボー家の人々 1914年夏 II」ロジェ・マルタン・デュ・ガール著

山内義雄訳
白水uブックス
1984

全4巻のうち2巻目。
第一次世界大戦が勃発するのが1914年7月28日。この巻のはじめの日付が7月21日。
1日ごとに状況が変わり情報も錯綜する、緊迫した日々の様子が描かれていく。

物語を通してその動向が描かれるジョーレス。彼の創設した新聞社ユマニテにジャックも足繁く訪れ、情報収集している。このジョーレスは実在の人物。

ジョーレスは絶対平和主義、正義のヒューマニズムにのっとって資本主義制度内における社会主義的改革を理想とし、労働階級の力を増大せしめて民主主義国家の枠組みのなかで社会改革実現を目指した。
あとがきにあるように、このジョーレスの考えこそジャックが理想として目指したものだ。

この巻で大きく変化するのがジャックとジェンニーとの関係。
今まで避けあってきたジャックとジェンニーだったが、ダニエルの見送りの場で偶然再会し、そこから急展開する。

たそがれの薄ら明かりの中には、あなたこなたと電灯がともされ、目のまえには、車が縦横に行きかう広場がひらけていた。それは、まるでふたつの世界の分界線とでもいうようだった。向こうには、闘志としての生活が、すぐにも自分を迎え入れようとして彼を待っていた。だが、そこには孤独も待っていた。こちら側、駅のなかにいるかぎり、それとちがった何か可能なことが残されていた。なんだろう?彼にはそれがわからなかった。また、たしかめてみたいとも思わなかった。ただ、この広場ひとつを越すことによって、運命のあたえてくれるものを拒み、何かすばらしい機会を永久にとり逃すことになるのだというような気持ちがした。

ジェンニーが必死に逃げ、ジャックがそれを追いかける場面は惹かれあっている男女としてはかなり異様だ。

晴れて恋人になっても、2人の会話はおよそ恋人らしくない。ジャックからその考えや信念を聞き、理解することを望むジェンニー。
ジェンニーのこの態度から、ジャックがなぜジェンニーをこれほどまでに求めたていたのかが少し分かる気がした。
そして、ここにきてプロテスタント家だという設定が生きてくる。

ジェンニーは口だしをせずに聞いていた。それに、プロテスタントとしての彼女の遺伝は、あらかじめ彼女に、社会は厳格な公式主義に従わせるべきものではないという考え、同時にまた、人間は、その当然の義務として自己の個性を発揚し、自己の良心の命ず行為を極の極まで遂行すべきであるという考えを持たせてくれていた。

対照的なのはフォンタナン夫人の盲目的ともいえる信仰心。
ジェロームを許し続けてきた母に対してダニエルには思うところがある。だが、それをぶつけられても、それは彼女の耳には届かない。

スイス仲間たちの間で独特の立場を確立していたジャック。人を惹きつけるその不思議な魅力が、ジェンニーの視点から語られる。
他人に対して興味も持たず、自分の殻に閉じこもってきたジェンニーにとってはジャックの持つ天性の才能とでもいったものは驚嘆するほかない。

ジャックは、あきらかに、一種の熱を放射する才能を持っていた。ひとつの言葉により、ひとつの微笑により、そして相手に関心をしめすことにより、そこに信頼と共感とを生みだすに必要な気温をつくりだす才能を持っていた。ジェンニーは、誰にもましてそのことを知っていた。ジャックのそばにいると、どんなひねくれた、どんなに打ちとけない人たちも、ついに呪縛から解放され、気持ちがほぐれ、打ちとけてこずにはいられないのだった。

ジャックはメネストレルからの指令で秘密の任務のためベルリンに向かう。その内容はまだ本人にも明かされていない。

アントワーヌのもとにいる医者たちの論争が面白い。
特にスチュドレルとロワの論争の部分。インターナショナルの面々とは違う論争で興味深い。ロワの主張は、オーストリアとセルビアやロシアというより、ドイツとの最終決着をつけたいという風にみえる。平和時にたまった毒素を抜くためには戦争がたまに必要なのだという彼の主張はジャックと正反対だ。

これまで政治にあまり関心を払っていなかったアントワーヌも事態の深刻さに気がつき始める。
診察を担当している外交官のリュメルがアントワーヌにだけ漏らした本音。皆の前では戦争は回避されるだろうという楽観的な見方を示しながらも、状況はかなり厳しい。
アンヌとの急激な距離がアントワーヌの意識の変化をなによりも表しているように思えた。

これまでの感想
チボー家の人々 灰色のノート
チボー家の人々 少年園
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チボー家の人々 ラ・ソレリーナ
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チボー家の人々 1914年夏I

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