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朝の遊園地

-12月、最初の日曜日。
開園前の遊園地を訪れた。

公園内に昔からある遊園地で、数年前にリニューアルオープンした。

一部の古いアトラクションが入れ替わり、人気のアトラクションは面影を残しつつ、全体としてスタイリッシュなデザインになっている。

アトラクションだけでなく、壁や看板など園内のすべてがカラフルに塗りかえられ、昔の姿を知る私にとってはまるで別の遊園地かのように見えてしまう。

それでいてほとんどのアトラクションが、仕様は変わらないまま、昔と同じ位置に配置されている。
見た目は全然変わってしまったけれど、よく見ると「そうだ、以前もここにこういうのがあった!」と昔の姿を思い起こすことができる。

キーキー、カタカタ、と壊れそうな音を出していたミニジェットコースター、池のまわりを走る赤い豆汽車、褪せた緑色のボートたち。
すっかり生まれ変わっているが、ちゃんと同じ場所に残っている。


売店が並んでいた古びたテントや木々が生い茂って暗かった場所、壁にはさまれた狭い階段などは、今はひらけて隅々まで見渡せるようになった。

おかげで中に入らなくても、公園を散歩しながら眺めるだけで園内の様子を知ることができる。


開園前のため正門はもちろん閉まっていて、チケット売場の窓口のシャッターは下ろされていた。
門の脇から出てきた女性が、門の前に立つ私に「おはようございます」と声をかけながら、チケット売場の横のスタッフルームへ入っていく。

何組かの家族が駐車場からこちらに向かって来るのが見えた。子どもの笑い声が聞こえる。

正門前に置かれた料金パネルを見てみると、よく利用していた頃とさほど金額の差を感じなかった。
親にくわしく聞けば、あの頃より高くなったと言うのかもしれない。

母が握る残りの回数券を気にしながら、次はどのアトラクションに乗ろうかと家族みんなで相談していたのが懐かしい。

料金パネルに並ぶアトラクション名に目線を移す。
短いカタカナの名前ばかりだったはずが、思わず声に出して読みたくなるような長くてユニークな名前に変更されていた。

絵本のタイトルのような名前を見つけて、どんな乗り物に生まれ変わったのだろうと私も乗りたくなってしまった。

小学生くらいまでを対象とした遊園地なのだと思う。中学生以上の子どもの姿は見かけないし、実際、私も小学生の頃によく利用していた。

今はさすがに乗る勇気はないし、目的は散歩なのだからと、柵に沿って遊園地のまわりを歩くことにした。

少し歩くと、高くそびえるジェットコースターのレールが視界に飛び込んできた。

青空よりも濃い水色のレールをたどると、レールは途中で建物に飲み込まれる。
建物の上にはレインボーカラーの大きな看板。「ジェットコースター」の太く白い文字が、遠くからでもはっきりと読める。

レールの下にはボート池が広がっていて、寄り集まったカモたちが朝の光を浴びながら羽を休めていた。

すぐそばにはレールの下り坂がある。
まもなくここは騒がしくなるだろうから、今だけの休憩場所なのだろう。



柵越しに中を覗く。

色鮮やかな観覧車が、冬の青空に凛と立たち、くっきりと浮かび上がっている。

その上には、白く欠けた月。

大地のお布団に潜りこむ前の、夜更かしお月さま。

柵に沿って進むうちに、自然とお月さまに向かって歩いていく形になった。


遊園地の奥の方までやって来た。

朝の、目覚めたばかりの遊園地が好きだ。

お客さんが誰もいない園内で、アトラクションたちがその瞬間をひっそりと待っている。

決められた場所で、きっちり整列しながら。

開園中のにぎやかに動くアトラクションからは想像できないほどの静けさだ。
小さい頃の私が見たら、少し怖いと思うかもしれない。

大人になった今の私には、この光景が、まるで開演前の舞台のように映っている。

アトラクションは俳優さんで、これから舞台に出てお客さんを喜ばせようと、舞台袖で台詞を繰り返したり体の角度や笑顔を確認したりしながら、出番まで心を落ち着かせているのだ。

開園20分ほど前になると、夜のうちに冷え切った体をゆっくりあたためるようにアトラクションたちは準備運動を始める。


ゴウン ゴウン ゴウン

ジリィン ジリィン


澄みきった朝の空気をふるわせるように、目覚めの音が響き渡る。

どこからか、一定間隔で刻む音が聞こえ始めた。
見回すとレインボーの看板の建物から、ジェットコースターの先端が見えた。

エメラルドグリーンの細長い機体がレールの上をなめらかに滑り、速度を増す。

爽やかに風を斬り、音とともに頭の上を一瞬で通り過ぎていった。

柵のまわりを一周してふたたび正門前に出ると、先ほどよりもお客さんの姿が増えていた。隅には自転車も数台とまっている。

時計を見ると、あと5分で開園の時間だった。

門の前で背伸びしながら、今か今かと待つ子どもたち。

その背中に、みんなをお迎えする準備はばっちりみたいですよ、と胸の中のひとりごとをそっと投げかける。

紡がれていく遊園地の歴史は、きっと子どもたちの笑顔の分だけ厚みを増してゆくはずだ。


今日はどんな風に、お客さんたちを楽しませるのだろう。

新たなページの始まりを想像しながら、私は公園の出口へ足を向けた。


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