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音楽に浸る夜

大学時代に好きだったバンドが、春に合わせた曲を出していたので聴いてみることにした。

イヤホンから聞こえる懐かしい歌声は、当時と変わらず私を一瞬で惹き込んで、もっと聴いていたいという欲を掻き立てる。

曲が終わると、指は自然と、当時聴いていた別の曲を探していた。


よく、一緒の大学に通う友人を駅で待っている間、ひとりベンチに座りながら、このバンドの曲を聴いていた。
その駅は大学を卒業するのと同時に利用することが無くなってしまったけれど、
駅の近くには、観光地にもなっている川が流れていて、春には川沿いに見事な桜が咲くので、この時期になると毎年思い出す。

曲を聴けば、さらにはっきりとよみがえる記憶。



朝の駅は慌ただしい。
構内に流れ込み移動する人たちの足音や声は、寄せては返す波のように途切れることがなく、曲を聴くには不向きな環境だった。

改札の機械音、響くアナウンス、電車が近づいて離れていく振動音。
色々な音や声に混じりながら、大好きな歌声が途切れとぎれに、イヤホンを繋いだ私の耳に流れ込んでくる。

アナウンスと振動でホームに電車が止まったことが分かり、少しため息。乗客が大きな塊となって階段を降りてくる時が、いちばん騒がしい。
歌声はざわめきにかき消され、何も聞こえなくなるので、一時停止。
しばらくして人波が引き、電車を待つ人や私のように待ち合わせをしている人たちだけが取り残される。
次の電車が来るまでの合間、その少しだけ静まる数分を狙って、続きを再生させる。

時折、大きなガラス窓から降り注ぐ朝の光を眺めたり、白く明るい天井を見上げたりもした。

私も、この駅の「朝」の一部になっていた。





現在の私の耳元に、懐かしい曲が流れ出す。
当時、何度も繰り返し聴いた曲だ。
胸がきゅっと締めつけられる。

そうそう、このメロディ。唄い方、言葉選び。

すべてが自然と体に馴染んで、声と言葉に酔いしれて。

時には異物として、飲み込むのに時間がかかる感覚さえも刺激的で楽しくて。
どの曲を聴いても、なぜか好きになる。

カラオケで歌えるほど歌詞を覚えているわけではないし、
曲の解釈も、書いた本人に言わせれば間違っているかもしれない。
歌っているバンドについても詳しいわけではないし、
情報をいつも追っているわけではないから、今日みたいに偶然、曲が出ていたことを知ったりする。

だけど聴いている間、私なりの解釈で描かれた物語が頭の中で再生され、
私なりの好きで満たされるこの時だけ、

この曲は私だけのもの。


この曲が好きで、このバンドが好きで、歌詞も、声も、才能も好きだ。



恋を懐かしむように、曲と思い出に浸る夜。





2023.03.26 夜


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