3/28「サイダーと魔法使い」ショートショート
しゅわわわわ。
氷の入ったコップにサイダーが注がれて、炭酸がはじける音が耳をくすぐる。
コップの中でゆれる泡がきれいで、幼いわたしは夢中になってそれを眺めている。
「よし、じゃあお父さんが今から魔法をかけます」
ちちんぷいぷいのぱっ!
お父さんが魔法をかけると透明だったサイダーが緑色に変化する。
「メロンソーダみたい!」
わたしははしゃぐ。そんなわたしを見てお父さんは満足そうに目を細める。
緑色のサイダーは透明だったサイダーより甘さが増して、わたしはその甘さのとりこ。
こんな魔法をかけられるお父さんはすごいなあ。
わたしもいつか魔法が使えるようになるかなあ。
無邪気なわたしは緑色になったサイダーを大切そうに少しずつ飲みながら、そんなことを考えていた。
大人になった今なら分かる、お父さんは魔法使いでも何でもない。
お父さんは緑色のかき氷シロップをサイダーに入れていただけだ。
それに今のわたしはお父さんよりもっとすごい魔法が使える。
氷をグラスに入れて、ある液体を注いで、しゅわしゅわのサイダーを注いで、軽くかき混ぜるとあら不思議、魔法の飲み物の完成だ。
大人になったわたしは緑色のサイダーよりこっちの方がテンションが上がる。
ごくごくと喉を鳴らして飲めば、仕事でたまったストレスもするりと抜けていく。みんなと飲めば距離が縮まり、楽しいひと時が過ごせる魔法の飲み物。
サイダーとジン。サイダーと焼酎。サイダーと日本酒や、サイダーとワインも意外といける。
大人になったわたしはいろいろなものを手に入れられるようになった。
しかしなんでも手に入ると小さなことにワクワクできなくなる。
アルコールがなくても緑色のサイダーだけであんなにテンションが上げられた、なんでも魔法のように思えたあの頃の自分がちょっとうらやましい。
それに親に見守られた安心できるあのあたたかい空間は、親にしか作り出せないステキな魔法だ。わたしがどんな魔法使いになってもきっと一生かなわない。
ジンのサイダー割を喉に滑らせてわたしは昔を懐かしく思った。
おしまい
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