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〈マドンナベリー文庫〉創刊記念トーク①

このインタビュー記事、〈マドンナベリー文庫〉創刊記念トークということで収録したんですが、話が思いっきり脱線していく上に、〈マドンナベリー文庫〉の公式サイトは作らないことになりましたので、非公式のこちら(パノラマ観光公社)に収録いたします。

なお、この5年ほど、いくつかの出版社や同人誌から、いろいろとインタビューや座談会を受けていたんですが、担当さんの異動やらコロナ禍で断念やら、どれも企画倒れでお蔵入りになってしまって、もったいないオバケとワンガリ・マータイに襲撃されそうだったので、それらの内容もリミックスして再構成いたします。

なので、インタビュアーの中の人はマドンナメイト文庫編集部のひとだったり、まったく別のひとだったり、全部いっしょくたになっています。ひどいことをするね。

早い話が、こういう機会でもなければ、ずっとお蔵入りのままになりそうな話題が溜まっていたので、非公式化ついでの不定期掲載なお蔵出しです。

■■■〈マドンナベリー文庫〉創刊までの経緯

――今回は〈マドンナベリー文庫〉創刊までの経緯をお訊きしたいと思いまして。

ゆずはらとしゆき(以下、ゆずはら) ……白々しいフリですな……。
 創刊の経緯は第1弾の夜ノ杜零司さん『自己啓発少女と俺の夢を叶えるAV撮影』の編者解説にも書いた通りなんですが、18年ぶりにマドンナメイト文庫へ小説プロットを持ち込んだら、「この作品を出したかったら新レーベルを創刊しろ」という無茶振りを喰らいましてね……。

――ははは、人聞きが悪いですよ。事実ですが。

ゆずはら 正気の沙汰じゃないと思いますが。
 まあ、そっちのプロットは、〈マドンナベリー文庫〉第2弾の『葉名と伯父さん』になったんですけど。

――そもそもどうして、18年ぶりに持ち込みを? 

ゆずはら 知人の編集さんが、いつの間にか二見書房に移籍されまして。エロとは関係ない部署ですが。
 なので、その伝手で18年ぶりにマドンナ社(マドンナメイト文庫)に新作プロットを持ち込みました。
 ちょうど書きたいと思っていた題材もありまして。
 でも、新作のプロットだけだとインパクトが弱いかな、というか、ジャンル内に類似する作品がなかったので、官能小説ジャンルへの疑問点も書き添えてみたら、そっちに反応されまして……。

――タイミングが良かったんですよ。マドンナメイト文庫でも似たようなことを考えていまして。

ゆずはら 「官能小説はプレイ内容と属性の組み合わせで作っているけど、キャラクター性を強くしないとコミカライズとかの展開が難しいのでは?」
 「官能小説のコア読者層って、もしかして18年前と同じまま推移しているのでは?」
 
……とか書いたら、本当にその通りだったようで。
 とはいえ、別にぼくも若いわけではなく、ライトノベルでは老人扱いなんですが、「もし、ぼくらの世代が官能小説を読むとしたら、どういうパッケージングになるんだろう?」とは、ずっと思っていたんですよ。

――「萌え」系のレーベルはいくつかありましたけど、それではダメなんですか?

ゆずはら それは企画段階からさんざん訊かれました。
 いろんなひとから〈二見ブルーベリー〉の後継レーベルだと勘違いされたんですが、「萌え」ブームと言われていたのはゼロ年代前半で、もう20年前じゃないですか。
 それに、20年前のブームに乗ってレーベルを創刊するというのもおかしな話です。いまの青年マンガや成人向けマンガは、20年前より進化していますから。

■■■「萌え」ブームから20年


――最初、物語やイラストレーションを「現在進行形の青年マンガや成人向けマンガ」の絵柄に合わせる、というのが、分からなかったんですよね。

ゆずはら かなり違いますね。20年前の「萌え」ブームって、幼年向け少女マンガの影響が強かったんで。

――幼年向け?

ゆずはら 『りぼん』『ちゃお』『なかよし』です。
 90年代、美少女マンガやアダルトゲーム界隈で、そのあたりの絵柄でソフトコアポルノを描くマニアックな需要がけっこうありまして、それがマスコットキャラクターとかとの親和性が高かったので、一般化したのが「萌え」ブームだったんだと思っています。

――80年代のロリコンマンガブームも、男性向け少女マンガみたいなニーズから出てきましたが、その延長線上だったんですかね?

ゆずはら 延長線上ではあるんですが、あの時代のマンガは数年単位で大きく変化していましたから、40年の流れをすべてまとめて考えるのは止めたほうが良いような気がします。
 というか、ロリコンマンガのブームから「萌え」ブームへ至る20年と、「萌え」ブームから現在へ至る20年を同じムーブメントで括ると、どうしても古いほうに引きずられて、新しい動きが見えなくなるんで。

――でも、80年代はエロ劇画もまだまだ、健在だったわけじゃないですか。

ゆずはら そうですね。マドンナメイト文庫が創刊されたのも1984年ですし。
 そのあたりは、ゼロ年代の「萌え」ブームから2005年に〈二見ブルーベリー〉が創刊したように、同時代性があったと思うんですよ。

――話のノリも似たり寄ったりでしたからね。いまではレイプものとか難しいですけど。

ゆずはら でも、40年近く経った官能小説は、マンガとはまったく異なる進化を辿っていますよね。
 それこそ、青年マンガの原作のような感覚で小説プロットを書いたら、「マドンナメイト文庫では出せません」と言われてしまったわけで。

――というか、『葉名と伯父さん』の企画プロットを既存の官能小説に当て嵌めてみたんですが、パッケージングとしてまったく想像がつかなかったんですよね。

ゆずはら シチュエーションや属性主導ではなく、ヒロインのキャラクター主導で書くと、官能小説としてはアウトになるのかな? と思いました。
 でも、ぼくはもともと、マンガ原作者から小説家になったので、キャラクターから入るのは当たり前の感覚なんですよ。

『葉名と伯父さん』予告

――成人向けマンガと官能小説はそれだけ、正反対の進化を辿っている、ということなんでしょうか?

ゆずはら マドンナメイト文庫が創刊した1984年当時の『漫画エロトピア』(ワニマガジン社)は、横山明先生のエアブラシでハイパー・リアリズムな表紙イラストでしたけど、いまのマンガ雑誌でそういう絵柄の表紙はめったにないですからね。

――最近、その頃の『漫画エロトピア』の表紙イラストが、石野卓球さんのアルバムジャケに引用されましたよね。

ゆずはら そんなに最近でもないですが……(2016年の『LUNATIQUE』)。
 
おそらく、マドンナメイト文庫のカバーイラストも創刊当時のエロ劇画に合わせていたんでしょうね。 

――官能小説に限らず、当時のノベルス系はだいたいああいう硬質でリアリズムなタッチの装画でしたけどね。

ゆずはら ああ、講談社ノベルスの辰巳四郎先生とか……。
 でも、『漫画エロトピア』の表紙がハイパー・リアリズムだったのは1987年までで、以後は遊人先生のアニメ調になったり、雑誌自体も『COMIC快楽天』へスライドしていきます。

――ロリコンマンガと呼ばれていたものが、青年マンガに近づいていくんですよね。

ゆずはら 『COMICペンギンクラブ』の創刊が1986年ですね。
 当時、編集を担当していたコミックハウスは講談社の外注編プロでしたから、『モーニング』とかのノウハウが持ち込まれて、そこからB5判中綴じの青年誌仕様でコンビニ売りが主流になっていくんですが。

――ああ、創刊の翌年に『漫画エロトピア』の表紙が変わったということは、成人向けマンガの流れが一気に変わったんですね。

ゆずはら でも、官能小説のカバーイラストのほうは、ハイパー・リアリズムのままなんですよね。小説の内容がマイルドになりましたから、それに合わせて、硬質的な絵柄から柔らかめに変化はしているんですけど。

――販路の違いもありましたからね。コンビニでも売っていましたが、メインではなかったので。

ゆずはら 2005年に〈二見ブルーベリー〉で書いた小説が、KIOSKで売っていたのには驚きましたよ。
 あんまり驚いて当時どっかで書いたら、「萌え」系エロラノベマニアのひとから「嘘をつくな!」と罵られたんですが。
 確かに二次元ドリームノベルスとかではあり得ないことだし、想像力もなかったんでしょうけど。

――いや、本当に売っていたんですよ。マドンナメイト文庫の流通網をそのまま使っていましたから。さすがに途中で「これはないな」と気づいて止めましたけど。

ゆずはら さすがに「萌え」系の官能ライトノベルを、KIOSKで売るのは場違いですよね。
 『COMIC快楽天』だって売ってなかったんですから。

――もう、マドンナメイト文庫も駅では売ってないと思いますよ。駅で文庫の小説を買って電車内で読み捨てるという習慣自体、なくなっていますから。

ゆずはら 団塊世代が定年になったあたり(2007年)で、駅で文庫や雑誌を買うという習慣がなくなりましたね。
 下の世代はスマホなので、小説を読むという習慣自体がなくなりましたし。マンガはまだ読まれていますけど、動画やアプリゲームとユーザーの時間を奪い合っていますから。

■■■エロの限界集落化

――マンガと違って、官能小説は読者層が固定化されていましたからね。書籍流通のほうからいただいた要望で、若干、方向性を調整することはありましたけど。

ゆずはら でも……雑誌やレーベルって、定期的に創刊して仕切り直さないと、読者のコア年齢層がどんどん上がっていくんですよ。
 1969年に創刊した『ビッグコミック』は、『ボーイズライフ』が前身だったから、当時の大学生をコア層に想定していたと思うんですけど、50年以上経過したいまは完全にシニア向けですから。

――官能小説も現在のコア年齢層は60代に差し掛かっていますから、15年後には「物理的に」ジャンルが消滅する可能性があるというか……。

ゆずはら 実写のエロ本でもSM系のジャンルは高齢化で、限界集落化してしまいましたからね。

――だからこそ、先手を打って〈二見ブルーベリー〉を創刊したんですが。

ゆずはら それも、もう20年経っていますが……。
 あと、「萌え」系のキラキラした絵柄だと、どうしても青年マンガ的なストーリーを描くには限界があるんですよ。

――具体的には?

ゆずはら 「ミッドライフクライシス」が書きづらい。
 
そもそも、おじさんの竿役を描くことまで想定していない絵柄ですからね。

――でも、『まんがタイムきらら』とかは、20年前の「萌え」ブームのまま、残っていますよね?

ゆずはら あれは男性キャラのいない世界で、男性向けの4コママンガを作るというノウハウを蓄積した結果なので、極めて特殊なジャンルですよ。
 ロックとかキャンプとかゾンビとか、男性向けのマニアックな趣味を美少女が代行するという構造を徹底することで、男性向け少女マンガという特殊ジャンルを確立していますが、さすがにポルノでその構造は使えない。

――ああ、ポルノだと男性の肉体性からは逃れられない、と……。

ゆずはら 成人向けマンガや小説も、おじさんになっていく自分自身を描かないための工夫や努力はしていたんですけどね。
 一方で、いつまでもショタやふたなりや百合で満足できるのだろうか?という問題意識もありまして。
 結果、モブおじみたいな概念も出てきたんですけど、そこまで来たなら、竿役のキャラクターや人生も描いてみようか、というのが、「現在進行形の成人向けマンガ」なんじゃないかな、と思います。

――官能小説もシチュエーションやプレイ内容で作りますから、そこまで竿役の主体を書くことはないんですけどね。

ゆずはら 確かに官能小説……官能ライトノベルも含めて、まだそこまでは対応していないですね。
 実はいくつか、そこまで踏み込んでいる作家さんもおられますけど、たぶんそちらも知らないんじゃないかな、と思います。
 パッケージングの問題で、踏み込んでいても傍目には分からないから。

――〈マドンナベリー文庫〉ではそういった作品も拾い上げるんですか?

ゆずはら ええ、その予定です。
 そういう作品はイラストレーションとの相乗効果を考えなくてはならないから、誰にお願いするかとかで、すごく悩むんですけど……。

 あと、それこそ夜ノ杜零司さんの『自己啓発少女と俺の夢を叶えるAV撮影』のように、ご本人の意識としては、ちゃんと「正しい官能小説」を書いているんですが、元々のジャンルがまったく違うところですし、「萌え」ブームとも違う場所で活動されていたので、官能小説のフォーマットと完全に合致しない、というケースもありますね。
 プロ野球選手がプロ格闘技の試合に出たような感じで。
 このあたりは出たとこ勝負というか、前例がないので、完成するまでどういう作品になるか、ぼく自身もよく分からないんですよ。
 だからこそ「官能小説の新しい実験室」と銘打ったんですが。  

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――なるほど、現状の官能小説が対応しているのは「萌え」ブームまで、ということですか。

ゆずはら その〈二見ブルーベリー〉も2年で終わっていますしね。
 もう、最初から実験レーベルと考えないと、新しいことはできません。
 あと、〈二見ブルーベリー〉の裏コンセプトは「非モテ」でしたから、あれを2023年に再現すると、ガチで排他的な「インセル」になってしまって、それこそいろいろとまずいんじゃないかな、と思ったんですよ。

――当時、ゆずはらさんは「非モテ」ではなかったんですか。

ゆずはら ぼくはむしろ、「非モテ」の水が合わなかったから〈二見ブルーベリー〉を追放されたんですよ。
 みんな、劣等感を抱えた自分自身をできるだけ見ないようにしているのに、わざわざ書いてしまうから。

――それ、今回、改めて知って驚いたんですが、マドンナメイト文庫側はそのあたりの機微をあんまり把握してなかったんですよ。

ゆずはら 良くも悪くも、外注へ丸投げしていたんですね。

――そうなんですよ。「萌え」ブームに対応するサブレーベルということで企画を通していたので。

ゆずはら ていうか、「ポルノメディアは弱者男性のためにある」という言説は、事実のひとつではあるんですが、そこに特化してわざわざ蠱毒のようなレーベルにする義務はないですよね。

――まるで〈二見ブルーベリー〉が蠱毒だったような言われようですが。

ゆずはら あれは蠱毒だったんですよ。
 2005年はちょうどアダルトメディアの曲がり角で、一気に景気が悪くなったから、「萌え」ブームに乗ったんでしょうけど、見た目ほど呑気なジャンルではなかったんですよ。
 可愛さと表裏一体の憎悪が渦巻いていた、というか。
 ぼくは執筆者の1人でしかなかったし、途中で追放されたので、詳しい顛末は知らないんですけど、当時の同時代的な「萌え」「非モテ」ブームに拘りすぎた結果、見るからに手詰まりになってしまった感があります。

――直接には関わっていなかったんで、どうしても他人事みたいな物言いになってしまうんですが……イデオロギー的に煮詰まったから、レーベルが終わった、ということでしょうか。

ゆずはら たぶん、そういうことなんじゃないかな、と思います。
 一方、〈マドンナベリー文庫〉「青年マンガや成人向けマンガで描けることが、官能小説だと書けないのはどうしてだろう?」というゆるい疑問から始まっている実験レーベルですから、イデオロギー主導だと思われるとなんだか困ってしまうんですよ。
 むしろ、蠱毒にならないように、どうゆって自由にゆるく作るか、ということに神経を使っているというか……。

――そういえば「官能小説の新しい実験室」と銘打っていますが、実験レーベルということを強調していますよね。

ゆずはら 創刊時に言うことではないんですが、そもそも長く続いていくタイプのレーベルではないんですよ。
 本業は小説家ですし、ワンオペですから。
 月刊ではなく、趣味のセレクション的な隔月刊でスタートしたのも、そうでないと作品のクオリティが維持できないからです。

 なので、ぼくは最初から期間限定の実験レーベルだと思って企画編集していますし、むしろ、早い段階で誰かが〈マドンナベリー文庫〉のレーベルコンセプトに近い、新しいレーベルを作って欲しいんですよね。
 そうしたら、ぼくは小説家として気兼ねなくそのレーベルで書けるので。

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――マドンナメイト文庫でそのまま引き継げれば良いんですが、ゆずはらさんが作ったコンセプトを引き継いでくれる編集者がいないんですよね……。

 そして、次回のトークではその「官能小説の新しい実験室」というコンセプトを掘り下げていければ、と思いますが……よろしくお願いいたします。

ゆずはら はい。引き続き、よろしくお願いします!

【次回、〈マドンナベリー文庫〉創刊記念トーク②へ続く】


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