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開発エンジニアのための工場入門③-企業戦略から工場を見る-

図1 今回の内容

春になると、新しく企業に入社してエンジニアとして働く人になって人がいるだろう。初めの頃は、入社研修があって、企業の歴史、企業理念、戦略とさまざまな話を聞くことになるだろう。その中で、戦略に興味をもった人がいるかもしれない。今回はそれに少し関係する話。

さて、工場はメーカー企業において、欠かせない存在となっているのは言うまでもないことである。近年では、ファブレス(工場を持たない製造業のビジネスモデル)を採用している企業もあるが、いずれにせよモノが製造される工場がメーカーの利益の源泉の一つという意味で、工場は重要な場所であることに変わりはない。しかし、工場の外にいる人たちにとっては、ものを作っている「だけ」とも思えるかもしれないし、中で働いている人にとってさえ、全貌の把握が難しい品質システムを維持しつつ、やはりものを作っている「だけ」の場所に思えてしまうかもしれない。これはこれまで私が書いてきたように、工場は全貌把握をしにくいというのが1つの理由(工場入門1工場入門2)であろうが、企業戦略と工場のつながりというのが見えにくいという理由もある。 今回は、戦略と工場の関係の紐解きに挑もう。

今回、伝えたいのは次のようなことである。

・工場では、ものを作る。しかし、やり方や仕組みは、環境に応じて進化させる必要があり、これが戦略の一要素となる。

・QCDのみでは、競争力に繋がらず、戦略ではF(Flexibility)がポイントになる。

・Fが重要なのは、企業の特徴や参入している市場や製品で求められる製造の特徴も異なるためである。環境に合わせて、工場自体を作る必要がある。

・工場の目指す方向性と同時にどのくらいのレベルを目指すか目線が決まれば、組織で一丸となって成長していく目標を定められる。

※今回から図を上、文章をその下に入れるようにします。

図2 競争環境の中の工場

企業戦略は、競争環境に左右されることはご存知かもしれない。これは、競争環境や顧客の変化がメーカーのみならず、企業のビジネスに影響するためだ。目まぐるしく変化する環境の中で、企業は生き残りをかけて、戦略をたてて様々な行動をしている。一方で、戦略の中で多くの人の目につくのは、どんな製品を売っているのか、どんなマーケティングをしているかという部分だろう。確かに、これらは重要で、華々しく聞こえる領域だし、人目につきやすい部分であろう。しかし、メーカーは、戦略やマーケティングだけでは利益を出せない。利益とモノがセットになっているためだ。「この製品をこのマーケティングで売れば利益が上がること間違いなし」というアイデアを思いついたとしても、市場環境に応じた価格、物量や品質で作れないと残念ながら十分な利益にはつながらない。例えば、コロナウイルスの流行初期でマスクの需要が急激に増えたが、しっかりと市場に流通させて利益を上げることに成功した企業があれば、できなかった企業もあると思う。ユニクロなどのように、普段マスクを作っていなかったけれど、自社の技術を転用して、マスク市場に参入した企業もあった。これができた企業とできなかった企業の差はどこにあるか?その答えのうち1つは、企業戦略・マーケティングと製品の中間地点にある工場含めたオペレーションのレベルの違いにあるだろう(図2)。急激に変化した市場が求める価格・物量・品質でものを作れる工場を持っていた企業が活躍できたのである。この例から分かる通り、工場は利益を稼ぐための強い武器ともなるし、企業の足を引っ張ってしまうお荷物ともなり得る。つまり、工場は、企業の戦略の一つの要素として真剣に考えなければいけないものである。

図3 製造競争基準の発展

さて、メーカーの中で工場が重要な戦略要素の一つであることがわかったと思う。では、工場のパフォーマンスはどのように見られているかというと、よく聞くのはQCD、つまり品質・コスト・納期だ。しかし、戦略的な要素まで考えるのであれば、QCDだけでは不足している。QCDはあくまで基礎的でどんな企業でも目を光らせており、それなりに管理が行き届いているためだ。バブル時代は、経済成長と共にものが世の中に不足し、作ればある程度売れるという背景の中で、「現場」目線の生産性と品質向上活動がコスト削減や利益の向上に繋がったかもしれない。今の時代に同じことで競争力を高めようとしても、それはもうみんなやってるし、当たり前だよねということになる。経営学の分野でも、製造戦略の要素は進化してきており、QCD以外にもいくつか要素があると言われている(図3)。そんな中で、血眼になってQCDだけを見て活動していても、戦略的な要素としてはパフォーマンスが良くないのだ。そこで重要になってくるのは、Flexibility (柔軟性)だ。実は、QCDと共に1970年代に提唱されているのだけれども、耳にすることは少ない言葉だろう。おそらく、現場偏重な考え方が蔓延っていることや構想力がないと取り扱えない要素だからだろう。Flexibilityは、一言で表せばどのくらい柔軟に製造活動を行えますかという視点だ。これが重要になる理由をこれから説明していく。

図4 企業の多様化の要素と程度

Flexibilityが必要になる理由をあらかじめ言ってしまうと、今まである市場の多様化や新しい市場が発生する中で、その市場に合わせた製造が必要になるからである。読者の方に分かりやすいように、問題を用意してみた。想像で良いので、考えてみてほしい。その際は、図4をヒントになるはずだ。

問題 プラモデルの工場経営者になりきって。
あなたはプラモデル工場の経営者です。工場がどのようになっているか想像して、次の質問を考えてみてください。

質問1、あなたの工場で作るプラモデルは、どのようなコンテンツを元にしていますか?(アニメ、特撮、乗り物、建物、などなど)
質問2、そのコンテンツの流行り、廃りのサイクルはどのくらいの期間ですか?(1ヶ月、半年、1年、数年、それ以上?)
質問3、プラモデルはどこで、どのようなかたちで売られていますか?(売り場や梱包、パッケージデザインなど(箱に入って売っている?袋に入っている?など))
質問4、完成品を製造するまで(売られている形にするまで)どんな工程があって、工場ではどの工程を行い、アウトソースする工程はどのようなものですか?工場としては何に特化していますか?
質問5、製造工程は、1つの工程を切り替えながら製造していますか?それとも製品ごとに工程がありますか?
質問6、最近、コンテンツの多様化によって、自社で取り扱う領域のコンテンツの数が5年前と比較して2倍になりました。5年後には、さらに2倍になる予測です。それに伴い本社では、商品企画数を増加させ、製品の種類を増やそうとしています。工場のスペースは拡張できません。工場としては、この要求に応えられますか?また、どのようにして応えていきますか?応えられない場合、どのような不利益がありますか?
質問7、5年前に戻れるとしたら、質問6を解決するために、工場をどのように変えていきますか?(例えば、働く人、スキルはどのようにしますか?工場で持っている工程設備や技術、プロセスモニタリングや管理はどのようにしますか?などなど)

図5 Flexibilityの例

少し長くなってしまったが、Flexibilityが必要な理由がなんとなくわかっただろうか。工場でのプロセスは専門性が進めば進むほど、練度も高くなり、効率化し、企業にとって良いことばかりと思うかもしれない。しかし、市場や環境が変化すれば、強みが一気に弱みとなってしまう可能性すらある。逆に、企業の長期的な戦略や競争環境と目線を合わせて、先取りして工場の仕組みを整えておけば、変わることのない大きな原動力となるだろう。図5に古典的なFlexibilityの要素をリストアップしておいた。赤い5つの項目は、いわゆる戦略で見えてきやすい部分で、どちらかというと短期的な目線で競争力にインパクトを与えるものだ。経営陣はよく気にしていることと思う。一方で、気をつけないといけないのが、オレンジの3つの項目だ。これらは人や環境に関わる部分で、外に見えてきにくいものになっている一方で、これらを蔑ろにすると長期的な目線で、競争力が低下する恐れがある。読者の中にマネジメント層の人がいるなら常にオレンジ色にも目を光らせてほしい。そうでない読者でも、あなたの意思決定は長期的に企業の競争力に関わる可能性があるモノなので、しっかり考えて仕事をするようにすると良いだろう。
※図5以外の項目でも、新製品の導入スピードなど工場として競争力につなげていける部分はいくつかあると思うが、これはまた別の機会に書こうと思う。

図5 オペレーションのステージ

最後に、QCDに加えて、Flexibilityの大切さがわかるようになったら、工場を(そして会社を?)これからどのように変えていけば良いのか考えるスタート地点に立ったと言えるだろう。その時、図5が参考になるかもしれない。これは、オペレーションのレベルと成長の方向性を考えるためのフレームワークであるが、工場の進化の方向性を考える際にも適用できるだろう。オペレーションのレベルを4つのステージにわけ、現状の位置が分かれば、次にどのステージを目指せば良いかわかるようになっている。まずは、会社の足を引っ張らない工場そして、いくつかの段階を乗り越えて、最後には業界の常識を超えるような力強い工場を目指していけば良いということになる。自分の業務はどんなFと結びつくのか、そして、会社の競争力のどことつながりそうなのか考えてみると、面白いかもしれません。

それでは、冒頭に書いたように今回の内容は、
・工場では、ものを作る。しかし、やり方や仕組みは、環境に応じて進化させる必要があり、これが戦略の一要素となる。

・QCDのみでは、競争力に繋がらず、戦略ではF(Flexibility)がポイントになる。

・Fが重要なのは、企業の特徴や参入している市場や製品で求められる製造の特徴も異なるためである。環境に合わせて、工場自体を作る必要がある。

・工場の目指す方向性と同時にどのくらいのレベルを目指すか目線が決まれば、組織で一丸となって成長していく目標を定められる。

長くなってしまいましたが、読んでくれた方、ありがとうございました。

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