【38】行動経済学と売れっ子ライターの知見からわかる、文章の説得力の正体。
文章に説得力は必要か。
そう問われたら、「YES」という方が多いでしょう。
というのも、日記などの「自分だけのための文章」でない限り
ありとあらゆる文章は
「相手に何かしらのインパクトを与えたい」
との意図を含むからです。
これは特に、マーケティング領域においては顕著です。
書き手は最終的に、
「問い合わせてもらう」
「申し込んでもらう」
「買ってもらう」
「フォローしてもらう」
「拡散してもらう」
「コメントしてもらう」
といった、「相手に何かしらの行動をとってもらう」ことを意図して書いていますから、文章に説得力がなければ、成果に繋がりません。
ところがこの「説得力」。
言うのはかんたんですが、適切に文章に実装するのはなかなか難しい。
試しに、Googleで「文章 説得力」と検索してみると、以下のような記事が上位に出てきます。
「基本文章術!説得力が一瞬で10倍になる誰にでもできる文章の書き方」
説得力を増すピラミッド型の文章構造
説得力の高い文章は、以下のように、「主題」「理由」「論証」「結論」の4つのパーツで成り立っている。そして、これらの4つのパーツは下記のようなピラミッド構造になっている。
説得力のある文章はここが違う!誰でも使える5つのテクニック
1.1 テクニック1. 「なぜ」を強調する
1.2 テクニック2. 具体的な数値や結果を盛り込む
1.3 テクニック3. 客観的な根拠を明確に示す
1.4 テクニック4. 一般的な意見に反対するときはデータを活用する
1.5 テクニック5. 繰り返しで「単純接触効果」を狙う
まあ、当たり障りのないことを書いています。
SEO的にはこれで良いのでしょう。
しかし、残念なことに
「説得力のある文章の書き方」を紹介している文章そのものに、それほど説得力がないと感じるのは、私だけでしょうか。
例えば「上のテクニックと真逆の文章」が、4年前に、一世を風靡しました。
「保育園落ちた日本死ね!!!」(はてな匿名ダイアリー)
何なんだよ日本。
一億総活躍社会じゃねーのかよ。
昨日見事に保育園落ちたわ。
どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。
子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?
何が少子化だよクソ。
この記事は、匿名で書かれたものですが、またたく間に拡散され、ついには国会にまで届き、議論を醸しました。
この文章は「多くの人を動かした」のです。
保育園落ちた日本死ね(日本経済新聞)
子供が保育園に落ちて仕事を辞めざるを得なくなったとみられる母親が2016年にネットに投稿した匿名ブログのタイトル。
国会審議で野党議員が取りあげると、与党席から「誰が書いたんだよ」などというやじが飛び、待機児童対策の遅れにうんざりしていた人びとの怒りに火をつけた。
抗議が厚生労働省などに殺到し、塩崎恭久厚労相は待機児童の解消を求める2万7600人分の署名を受け取る羽目に…
「保育園落ちた」には、ピラミッド構造も「データ」も「なぜ」もありません。ただ「保育園落ちた、日本死ね」を切々と訴えるだけ。
それでも人を動かすことができた。
なぜ上の記事にさほどの説得力がなく、下の書きなぐりには強い説得力があったのでしょう。
何が説得力を生み出すか
それに答えるには「なにが説得力を生み出すか」について、きちんと考察する必要があります。
そして、そのヒントは心理学、行動経済学、科学技術論文などの知見から得ることができます。
1.認知容易性
ノーベル賞を受賞した、行動経済学者のダニエル・カーネマンは著書の中で、次のように述べています。
説得力のある文章を書くには
いまあなたは、受け手に真実だと信じさせる文章を書かなければならないとしよう。
もちろん本当のことを書くにしても、それだけで信じてもらえるとは限らない。そんなときに認知容易性をうまく使うのは完全に正当であり、「真実性の錯覚」の研究成果がきっと役に立つだろう。
原則としては、認知負担をできるだけ減らすことである。
具体的には
・簡単な言葉で間に合う時に、難解な言葉を使わない
・文章をシンプルにし、覚えやすくする
などの工夫です。
単純化すれば、人間は「読むのが簡単なほど、説得力を感じる」ということになります。
「説得力を高めるためには、読みやすくしましょう」という言葉は、以上の理由から真です。
あるいは、韻を踏む、格言調にするのも有効です。
例えば、下の2つの文章を対比してください。
大難は敵味方を一つにする。
小さな一撃も積もれば大木を倒す。
告白した過ちは半ば正されている。
大きな災難がふりかかると、それまで争っていた敵味方も力を合わせるようになる。
小さな一撃でも、何度も加えるうちには、どんな大きな木も倒すことができる。
過ちを自ら認めたときには、その過ちの半分は正されたと言ってよい。
同じことをいっていても、上の「格言風」で短い言葉のほうが、「示唆に富む」と判断されるのは、「わかりやすい文に説得力を感じる」という、人間の性質のためです。
このように言うと、「要は、読みやすい文章を書けってことでしょう?」と言う方もいます。
たしかにそのとおりなのですが、ただ「認知容易性」は「文章の読みやすさ」だけに支持されているわけではありません。
例えばカーネマンによれば、
「認識しやすいフォントを使う」
「文章を空白多めのレイアウトにする」
「背景の色」
などの、デザイン要素も認知に影響を与えます。
あるいは「タイトル」。
インターネット上の投稿へのコメントは
「どう考えても中身を読んでいないだろう」
と思われるものが多数あります。
これは単純に「タイトルを読むのは本文を読むよりも認知が容易なので」
タイトルの印象>>>>>>>記事の印象
となってしまう、人間の性質を表しています。
(タイトルの付け方については、バックナンバーをご利用ください)
さらに、人間の脳は
「慣れ親しんだもののほうが、認知が容易」
という特性ももっており、「よく知る人物の発信」や「有名人の発信」のほうが、説得力があると感じる傾向があります。
したがって、SNSなどで拡散する行為も、説得力向上について有効でしょう。
2.事実
1981年に出版され、今なお売れ続けている、文章術の不朽の名著でもある「理科系の作文技術」には、次のように書かれています。
事実の持つ説得力
主張のあるパラグラフ、主張のある文書の結論は〈意見〉である。筆者の気持ちとして、結論である意見を手っ取り早く書きたいのは当然だが、意見だけを書いたのでは読者は納得しない。事実の裏打ちがあってはじめて意見に説得力が生まれる。
冒頭で紹介したSEO記事には「根拠を書け」とありますが、重要なのは「根拠」ではありません。自分勝手な根拠など、説得力になんのプラスもありません。
実は、重要なのは根拠ではなく「事実」です。
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