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「凛の季節」から「情の時代」へ -ことばとこころとからだに参加して-

 今日は一年ぶりに『ことばとこころとからだ』に参加した。これまでは休日の都合でなかなか顔を出せなかったのだが、会社を離れた今は予定を調整しやすくなったので、予定を動かして合わせることが出来た。

 いつもは大阪の福島駅にあるGRANDSLAMというコワーキングスペースで開催されていたのだが、今回は阪急中津駅の近くにあるフリーペーパー専門店のはっちという空間。ここがかなり素晴らしい場で、全国のフリーペーパーが集められ、手作りならではの温もりと、おそらくここに関わる人々が醸成してきたであろう文化がそこら中に根付いていた。フォロワーさんも何人か訪れたようだが、みなさんも機会があれば、ぜひ行ってみてほしい。

 久々ではあったものの、会が始まるとあっという間に慣れ親しんだ雰囲気の中で、和やかに会話が弾んでいく。そうした空気感が落ち着くし、姫路時代からお馴染みのロペスさんの進行はさすがで、前田さんの昭和っぽいノリもなんとなく受け流しながら、今回は残念ながら事情で文章のみの参加となったしろくまさんの小説に酔いしれるという。この御三方が幹になっているからこそ、他の参加者がより自由に暴れられるんだ。

 毎回そうなのだが、他の参加者の方の作品を読むのが楽しみで、特に初めて出逢った方の言葉を読みたくて仕方がなかった。特に、あまり文章に馴染みのない方の紡ぐ言葉って、わたしのような文章を書くことが日常になっている人には絶対にできない書き方をされたりするし、その方にさえも同じ文章が二度と書けないような、とてつもないエネルギーを秘めていたりする。今回もそうで、ある参加者の文章の中の着眼点や表現の妙に驚かされっぱなしだった。「こう書くか!?」というインパクトは永久保存版といってもいいかもしれない。

 そんな参加者もいれば、普段から文章に慣れ親しんでいるどころか、もはや癖のひとつになっているんじゃないかというくらい、とにかく言葉で遊びまくっている方もいる。わたし個人としては、彼らほどの領域には至っていないなあ……とは思っているのだけども。(あまり自分自身のことを客観的に見つめていない証拠である)

 当のわたしはというと、今回の課題「読」に対して、わりとどうしようかと迷っていて、何度か完成した文章を消しては書きを繰り返し、結局は今日の『ウルトラマンアーク』を観ながら書いていたものが最終的な提出作品になった。ひとこと、ちょっと変化球を投げようとした結果、明後日の方向へ行ってしまったような感覚はある。ムーンライダーズの話をしようとしたは良いものの、音楽的な話がどんどん膨らんでいって、結局言葉の話を始めたのが最後の一行という。ただ、そこで直すのではなく、あえて“読む音楽、感覚的な文章”という切り口でそのままにしておいたのだが、次回はアプローチを変えてみようかと考えている。

 この『ことばとこころとからだ』というイベントはほんとうに言葉が好きな方が集まっているし、今はそうじゃないという方も、思わず言葉が好きになってしまうような、そんな引力と魅力に満ち溢れているイベントだ。

 こういったイベントに参加している方を見つめ、社会やメディアの流れを俯瞰してみると、あらためて、2010年代の自己責任論を源流とした「凛の季節」から、より包摂的に社会を見つめていく「情の時代」へ物事が移ろい始めているのではないかと感じずにはいられない。あくまでもごく一部の社会には過ぎないものの、言葉に対して、こんなにも真摯で、決して一方の視点だけでなく、あらゆる部分から愛情を注いでいける方がいらっしゃることにわたしは希望を感じる。

 次回以降も参加していきたいし、第一回にも参加したオリジナルメンバーのひとりとして、微力ながらもこのイベントの発展を応援できたらと思う。もっともっと伸びていくだろうし、参加者の方がより集まれば集まるほど、さらに濃密なコミュニティーが醸成されていく。

 これを読んでいるあなたも、次回はぜひ一緒に言葉の海を泳ごう。わたしがいるし、おもしろい仲間がいる。浮き輪がなくたって、そのままで大丈夫だ。

 2024.7.20
 坂岡 優

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