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好きだよと今更言うの照れるから電車が通過する間にさけぶ

 会社の飲み会の帰り道、駅のホームで奈緒が言う。

 「ねえ、ホンマにわたしのこと好きなん?」

 俺は答える。

 「当たり前やん、奈緒しかおらんて」

 酔っている君は俺の言葉を素直に受け止めようとしない。川村さんの隣に座って彼女とばかり話してしまったからだろう。でもそれは仕事の話だし、彼女に駄目出しをしてたんだから、雰囲気は良くなかったはずだ。

 ヤキモチ焼かれるような雰囲気じゃなかったと思うけどなぁ。奈緒のことが面倒くさいなと思う反面、素面のときとの落差がおかしくもあり、可愛くもある。

 「じゃあ、大声で叫んでよ。愛してる!って」

 うん、叫ぶよ。お安い御用だよと言いながら、俺はホームの屋根に吊下げられた電光表示板をみてタイミングを計る。

 「ねえ、まだなの?早く言ってよ」

 そのときに、列車の通過を知らせるアナウンスが聴こえた。

 「ただいま一番線ホームを電車が通過いたします。危険ですのでフェンスに近づかないでください」

 電子音が鳴り、警笛を鳴らしながら向かってくる特急列車が見えた。やがてホームを通過しようとする特急。車輪が線路の上をこすりながらたてる轟音と風を切る唸り。

 「奈緒のこと愛してる!」

 ガタンガタン、ガタンガタンと車輪が線路の隙間を踏んでいく音が遠くに消えていく。

 「聞こえたろ?列車が通過する音よりも大きな声で叫んだんだから、これで許してくれよ」

 なんて嘘だ。周りの人たちに聞かれたら恥ずかしいじゃないか。列車が通過するときに叫べば、離れた場所にいる人たちには聞かれなくてすむ。

 奈緒はちょっと腑に落ちない顔をしながら、許したるわといって俺の腕にまとわりつくようにして身体を預けてきた。

 その時ちょっとしたいたずら心が湧いた。そういう奈緒はどうなんだよ。

 「奈緒も叫んでくれよ。俺のことが好きだって」

 「陸くんのことが大好きー!」

 驚くような大きな声で叫んだ奈緒にびっくりしながら、俺は思わず周りを見回してしまった。

 ホームで電車を待つ数名がこっちを振り返って、中にはにやにやしているカップルもいた。恥ずかしいなあ、もう。

 「わたしはな、いつでもどこでも叫べるの。陸くんのことが大好きだって」

 そう言いながら俺を見上げる奈緒の顔に秘められた情熱。挑発的な目つきや自信に満ちた顔つき。

 奈緒には敵わない。小細工を仕掛けた俺が、なんだか小さな男に思えてきた。

 「まいった。俺の完敗です」

 勝誇ったような顔で俺をみる奈緒は、まるで大統領選に勝った候補者のような自信に満ちた顔をしていた。

 
【好きだよと今更言うの照れるから電車が通過する間にさけぶ】

#なんのはなしですか

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