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【ゆのたび。】17: みくりが池温泉 ~日本で一番高いところにある温泉で感動オブ感動~

富山にこの国で最も高いところにある温泉があることを、私は昔から実は知っていた。

そばを通ったことも何度もある。入りたいと思ったことも同じだけある。

しかし結局入ってこなかった。別の帰りの時間を考えてもゆっくり入っていられないからとかで、その温泉に入らないままずいぶんと時間が経ってしまっていた。

だがようやく思い立った。そうだ、今年こそ入りに行こう。

いろいろ入れなかった理由がこれまであったのは事実だけれど、結局、特にここ最近での一番の理由は単に行こうと思わなかっただけなのだ。

他に行きたいところがある、そのうち行けばいいか。そんな風に後回しにしてきていた。

だがそろそろ、引きずってきた「行きたい」にケリを付けよう。

まったく大層なことではない。ただ、だらだらと長い間心の中で「行きたいなぁ」と小さく思い続けるのがいい加減気持ち悪くなったのだ。

さて、行こう。富山へ行こう。

目指すは富山の有する、名峰を多く抱える立山地域。

いろんな乗り物を乗り継いで。

いざ今回も湯を求めて、である。


温泉の準備としてまず体を疲れさせるのだ


私は温泉が好きである。

それと当時に、山での遊びも好きである。

登山もスキーもやる人間だ。ボードはまだやったことがない……今年はやろうと考え続けて何年もやらずじまいが続いている。が、今年こそやりたい。うん、やりたい。

そしてそれらの活動の傍らには常に温泉がある。

山と温泉はセットといえるぐらいに密接な間柄だ。

多くの温泉は山にある。山自体が火山や隆起など、大地の活動の産物であり、温泉はそれらに付随して生み出されるものだからだ。

火山大国であるこの国は、地下深くに大地の熱を多く蓄えている。そのため地下で温められた温泉が、山の周辺には多く湧きだす。

ま、そんなことは誰でも知っている。登山やウインタースポーツにも、温泉はつきものだ。疲れた体を癒すべく、登山者もスキーヤーもボーダーも、誰であっても温泉へと立ち寄ることが多い。

はて、この文化はこの国特有のものなのだろうか? 他の国の人々が、それぞれの活動を終えた帰りに自分たちと同じく温泉に浸かって「あぁ~」なんて声を漏らしている姿はあまり想像できない。

ともかく、日本人である私としては、疲れた体に染みわたる温泉こそ至福であると思っているわけである。

というわけで、私は立山へとやって来た。


曇りの立山

あいにくの曇りだ。雨が降らなかっただけよかったが、やはり来たからには澄み渡る青空の下を歩いて高山の景色を眺めたかったところだ。

そして久しぶりの立山である。そういえば最後に来てから、少々期間が開いてしまった。

私自身も私の周りもいろいろと変化した、してしまった。

でもここの景色は記憶にあるあの頃と変わらない。

歩けば、かつて同じようにここを歩いた日々を鮮明に思い出すことができる。

さて、昔を懐かしむのはこれくらいにして、さあお風呂だお風呂。温泉だ。

温泉に行かねばなるまいよ。私は温泉に入りにここへ来たのだから。

そして当然とばかり、私の体は疲労困憊で準備万端だ。山に来たのだから当然登ってきている。

どうして私は疲労でくたくたになっているのか……それは実は、麓の立山駅から立山登山のターミナルである室堂まで、交通機関を使わずに徒歩で登って来たからなのだが……それについてはまたの機会に語ることにして、早く温泉へと行こう!

実際、もうこれ以上歩きたくないくらいなのだ。

室堂から、温泉までは歩いて10分ほどだ。

しかし疲れきった私にはその10分さえもとても長い。

一室堂に到着したことで一度気持ちが切れてしまって、体が恐ろしく重たくなってしまっている。

疲労で足が上がらなくなって何度もぶつけたつま先が痛くて、一歩一歩がしんどかったが私は力を振り絞る。

もうすぐだ、あと少しで温泉にたどり着くんだ……!

足を引きずるように登山道を歩き、ちょっとした坂を登りきる。

すると、そこから少し下った先に温泉の建物が見えた。


あと少しで目的地!

あそこだ!

痛い脚には階段を降りるのも辛い。

しかしそんなことは知らない。

温泉はもうすぐだ、湯の中に私は沈みたいんだ!

そんなふうに息巻いて、私はついに、


日本で最も高いところにある温泉『みくりが池温泉』

標高2410m、日本で最も高いところにある温泉『みくりが池温泉』に到着した。



最高地の温泉で最高だと声を漏らす

長かった、いろんな意味で。ずいぶんと時間がかかった。

この建物は何回も見たことがある。見慣れた感じだってある。

しかし真の意味で私は今日、初めてここを訪れることができた。

疲れはピーク、気持ちも限界。

つまりは温泉の準備は万端だ。

満を持して、湯を堪能させてもらうとしよう。


玄関。山小屋としても機能している

受付を済ませて温泉へと向かう。

ここは日本秘湯を守る会にも属しているようで、他の地でも見たことがある提灯が壁に飾られている。

まあ、ここの温泉が秘湯でなかったらさすがに嘘だ。

今でこそ交通機関を乗り継げば半袖短パンやスカートみたいな服装にサンダルやヒールを履いた、およそ山に来る恰好ではない人たちでも簡単に来れてしまう場所ではあるが、実際ここは人里離れた大自然の奥地なのだ。


暖簾。この先が温泉だ

案内に従って奥へと進むと、暖簾が見えてくる。温泉はもうすぐだ。

そこまで広くない脱衣所で汗まみれの服を脱ぎ棄て、いざ風呂場へ。

待たせたな、私が来たぞ温泉よ!(待ってない)

温泉は白く濁った、湯の花が舞う硫黄系の温泉だ。風呂場に入ると言おう特有のにおいがぶわっと香る。

バキバキになった体を軋ませながら体を汚れをシャワーで流し、さあ、いよいよ温泉とご対面。

しぶきを立てずに入水する飛び込みの選手よろしく、私はいつもよりも素早い動きで湯に滑り込んだ。

そして、

「ぉああ”あ”ぁああ”ぁ~~」

心からの声を私は口から漏らした。

正直こんなことは初めてだった。これまで各地の心地よい温泉にはいろいろ入ってきて、同じように声を漏らしたこともあった。

でも一方で、そうやって声を漏らす自分というのが実は、心のどこかで「温泉に快感を得ている自分」というのを私が演じているような気がときどきしていたのだ。

湯が気持ちよかったのは本当だ。でも、本当に心から気持ちよかったのか……どこか自分をそう思い込ませているだけなような節を取り除けないときがあったのだ。

しかし、ここは他とは状況が違う。極限に疲れている自分が、その疲れが微塵にも回復しないままに良質な湯へと浸かる。

言ってしまえば「ずるい」のだ。

正直こんなときになっても本心が漏れないのなら、もはやどんな湯に浸かっても至福を心から感じられたりはしない。

そして一方で、私は嬉しくもあった。

私もちゃんと、フィクションに描かれるようなベタな反応ができるのだと。

湯は熱めとぬるめがあって、最初はぬるめから入った。

湯の暖かさが、痛い指先をじんじんと沁み込んでくる。

疲労をため込んだふくらはぎに、湯の薬効がぎゅんぎゅんと入り込んでくる。

がちがちの太もも、腰を湯がじわじわとほぐしていく。

上半身、そして指先まで、湯の心地よさが包み込んでくる。

もう、天へほぼ逝きかけた。

惚け面を相席した他の客に晒してしまったが、致し方なし。

だって疲れたのだもの、気持ちいいのだもの。

正直にぬるめの湯には無限に入っていられそうだったが、せっかく来たのだから熱めの湯にも入ってみる。

熱めといっても飛び上がるほどでもなく、確かに熱めだと思える範疇の温度だ。

そちらに入り続けるとのぼせそうなので、湯から出て体を冷まし、再びぬるめの湯に入る。

そしてまた熱めの湯の熱さが欲しくなってきて、そちらへと移動する。

これを幾度も繰り返してしまう。

ようやく来られた最高標高の温泉、そして疲労の先にあった温泉。

いっぱいいっぱいまで堪能しなければ損なのである。

そうやって時間が許す限り入れるだけ入って……そして私は、ものの見事に湯あたりをしたのだった。

高山の上でまさか湯あたりしてしまうとは、不覚だ。

つい調子に乗って長湯をしてしまった。

体から汗が吹き出し、とてもじゃないが立っていられない。

湯あたりの苦しさは、何度味わっても慣れない。もう二度と味わいたくないとさえ思う。

なのにこうも繰り返してしまう私は、まったくもって学ばない人間だ。いい加減にしろと自分を叱責しつつ、しかし一方でこうも思う。

まあ、最高だったのだから仕方ないよね。

こんなわけで、私のそれなりに長い間による、それなりに強めな願いの1つをこの夏、達成できたわけなのだ。

――ちなみにこの長湯と湯あたりにより、私は下山の最終バスに乗り遅れることになるのだが……このときは、まだその未来に気付くことはなかったのである。

まあ、


富山湾沈む夕日
茜に染まる浄土山
燃える立山


おかげでこういう光景も見られたのだから、見返りもあったと言っていいだろう。








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