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【ゆのたび。】 03:まさにこれこそ『湯船』なり――新潟~北海道のフェリーで波打つ湯に揺蕩う!

※動画版を近いうちに掲載します。


私は船旅が好きだ。

船旅はいい。今まさに自分が旅をしているのだと強く思わせてくれる。
車の旅も電車の旅もそれぞれいいところがあるけれど、普段船に乗る機会はどうしても少ないから、やはり特別感があるのだろう。

船に乗るときのワクワク感は、何度味わってもたまらないものだ。

さて、日本には各所をつなぐいくつもの航路があって、日々物と人々が移動し続けている。

その中で、新潟には北海道とを結ぶ航路があるのだが、私はこれに以前から乗船してみたかった。

飛行機で北海道には何度も訪れている。本数も多いし、何より早い。
電車でも行けはするが、函館までしか新幹線は今のところつながっていないし、時間だって飛行機の倍はかかる。

必然的に交通手段は私にとって飛行機一択になるのだが、先ほども言った通り、私は船旅が好きだ。
できるというのなら、乗ってみたい。そう思っていた次第なのである。

実は青森から函館をつなぐフェリーもあって、片道3時間ほどの航路には乗ったことはある。新幹線で青森から函館に向かうより安いし、便も多いから使い勝手もそんなに悪くない。
そういうわけで、北海道に船で渡ることは以前に経験はしている。

しかし新潟からの航路は、乗船時間が18時間という長時間だ。乗っているだけで一日経ってしまうから、移動の選択肢としては選びづらさが否めない。

だから、思いはしつつも乗れていなかったこの航路であるが、先日ようやく機会があって乗船と相成ったのである。

さて、18時間の乗船となれば船の上で一泊することになる。
船でお泊り……ずいぶんと久しぶりだ。いいぞ、まさに旅をしているらしさがあって素晴らしい。

沖合の波の揺れと船底から響くエンジン音に体を揺らされて眠るのは、船旅でしか味わえない体験だ。それが心地よいかと言われれば首をひねるが……ゆりかごに入れられていると思えば、まあ安眠できなくもない。

そして乗客に一泊の間快適に過ごしてもらうため、船内にはレストランやゲームコーナー、映画館といった施設が併設されている。それらがあるだけで、旅が豪勢なものに感じられてくる。

そしてその施設の一つとして、乗客たちが汗を流せる浴室があった。

この浴室が、またまさしく湯船といった様子ですごかったのである。


湯面も時化模様である


船内にかかる『ゆ』の暖簾

大きな『ゆ』を掲げた暖簾がかかっている。おしゃれな内装の中には若干浮いているような気がする。暖簾をくぐり、中へと入る。


脱衣所

浴室には私以外誰もいなかった。私以外にも人はそれなりに乗っているはずなのに、である。
だがこれは幸いだ、気兼ねなくのびのびと湯に浸かれるというものだ。

どこにでもありそうな街中の銭湯のような眺めだが、ここは船の中だ。
そのギャップにワクワクさせられてしまう。

特に激しい運動をしていなくとも、なんだかんだで汗と疲れが体にまとわりつくものだ。衣服を脱ぎ、浴室へ向かう。さっさと体を流してすっきりしてしまおう。


フェリーの湯

おお、これがフェリーの湯か! かなりしっかりとしていて綺麗ではないか。

まさに船上の銭湯だ。

浴槽は二つに分かれていてかなり広め。深さもしっかりとあって全身が浸かるに十分だ。奥にはサウナもあって、サウナ好きも満足ができそうである。

照明もたくさんあって室内は明るく、壁やタイルに剥がれもないから場末の銭湯のような寂れはない。
窓の外が真っ暗だから、このまま何も言わずに写真を見せたら誰もここが船内だとは気づかないだろう。


湯が絶え間なく注がれている

湯は沸かし湯で、当たり前だが温泉ではない。
温度はちょうどよい暑さで、浴槽の端からじゃぶじゃぶと注がれている。

両手足を思い切り伸ばして湯に沈む。ああ、心地よい。

入ったときが夜だったから窓の外は真っ暗で何も見えないけれど、本来は大海原が広がっているはずだ。昼間に入ったら眺めも良いだろうし、明日にもう一度入ってみてもいい。

湯の中に体を浮かべて揺らすのは、この上ないリラクゼーション効果だ。
疲労がスゥ~ッと抜けていく感じがする。

ちょうどいい揺れというのはどうしてこんな人を癒すのだろうか。ハンモックも安楽椅子も、あの揺れがあるから好まれるのだ。
やはり親に揺りかごで揺らされた、幼かった頃の記憶がそうさせるのか……思わず目を閉じてしまいそうになる。

ずっと入っていられそうだ。この揺れがいい。波に身を任せてユラユラ……

ユラユラ?

待て、何もしていないのにどうして波が勝手に立っているのだ?

そもそもよく考えると、波立ちが、ちょっと、大きすぎ!

湯船のお湯がびっくりするくらい右に左に揺れている! ああ、縁から湯があふれ出してしまっている! 二つある浴槽の間の壁なんか意味ないとばかりに湯が飛び越えていっている!

そこで、はたと私は気づく。そうか、ここは船の上だった。船が揺れるなら湯も揺れる、当然のことだ。

しかしこれは、体験したことのない入浴だ! 湯全体がゆっくりと揺さぶられ、体のバランスを取らないといけないなど入浴中にそんな神経の使い方などしたことがない。

油断すると足や背中を浴槽の壁にぶつけてしまいそうになる。なんだか湯に浸かりながらバランスボールに乗っているかのような感覚だ。謎にトレーニングをしているような錯覚に陥る。

いやはや、このままでは湯のぼせ×船酔いのダブルパンチで倍の気持ち悪さに苦しみかねない。ちょっと楽しさもあるのだが、経験上この楽しさを満喫すると危険だ。私はそれでこれまでも苦しんだ過去がある。


逃げるように湯から上がり、浴室から出る。終ぞ私以外の客は入ってこなかった。もしかしたら、この揺れを嫌って他の客は湯に入ろうとしていないのだろうか。

まさしく文字通りの湯船。湯に入りながら船の気分を味わえる、まさに船旅の醍醐味である……これが心地よいかどうかは人によるかもだが。

しかし得難い体験だったのは違いない。
船旅は好きだ。また船に乗りたくなる。そしたらまた湯船に浸かりたい。

だがそのときは、沖合が時化ではないことを祈りたい。揺れる湯は楽しいかもだが、私は船酔いに弱いのである。


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