なぜ経済的理由で選手を売却したクラブが、新たな選手を”移籍金あり”で獲得できるのか
「経済的な理由で選手を手放したが、そのオフシーズンに、新たな選手の獲得に移籍金を費やす」。移籍市場でよく見られる現象です。
表面的な収支だけを見ると、資金不足のクラブが新しい選手を獲得することなど可能なのか?という疑問が浮かぶかもしれません。しかし実際には、会計上の処理に則ると、このような選手編成は財政的に可能です。
下記の例題を見てましょう。サッカー界では実際に起こり得る仮定の移籍モデルです。
本移籍モデルにおける単純な収支だけに目をやると、下記の通り、「クラブXは5,000万円の赤字を計上した」とその財政を心配する声が上がるのも無理はありません。
しかし、例題の選手編成においては、実はクラブXの財政を心配する必要はありません。以下2つの会計処理をもとに解説します。
①移籍金収入は、選手が最後に所属していたシーズンの会計に一括計上する
移籍金の趣旨は、「選手が契約期間内に移籍する場合、移籍元クラブへの契約解除金(違約金)として、移籍先クラブが補償する補償金」というものです。
Jリーグでは、「シーズン」とは2月1日から翌年1月31日までの期間を指し、通常、会計期間や選手契約期間もこの単位で設定されている場合が多いです。例題の移籍では、移籍元クラブXは、選手aの契約を2020シーズン限り、すなわち、2021年1月31日限りで解除し、選手aは2021年2月1日、すなわち、2021シーズンから移籍先他クラブと契約することになります。
この場合、クラブXにとっての移籍金は「2020シーズンを最後に所属した選手に対する契約解除金への補償金」であるため、その収入は2020シーズンの会計に一括で計上されます。つまり、クラブXは、2020シーズンの赤字1億円を無事に消し込めるわけです。
②移籍金支出は、選手の契約年数に応じて減価償却する(費用化)
例題において、クラブXは、選手bと選手cの移籍金支払いにより、2021シーズンにあわせて1.5億円の支出を一括計上する、という解釈は誤りです。会計処理上、移籍金支出は、選手契約に伴うコストと見なされ、契約期間に応じた減価償却による費用化が認められます。いずれの選手も2年契約と仮定すると、移籍金費用は下記の通りとなります。
したがって、いずれの選手とも2年契約を締結したクラブXは、2021シーズンの移籍金費用を、1.5億円ではなくその半額である7,500万円まで軽減できます。
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以上のように、同じ2020シーズン終了後のオフシーズンに発生した移籍であっても、移籍金収入は2020シーズンの会計に一括計上、支出は費用化により2021シーズン以降の会計に分配計上されます。
各クラブでは、2021シーズンという新たな会計期間の開始に伴い、選手編成にかけ得る予算もいちから組み直します。長期契約により単年の負担を軽減した移籍金支出であれば、お金のかからないような編成面の工夫や経費の削減により、帳尻を合わせることができます。そのため、同じオフシーズンであっても、2020シーズンに赤字を消し込むために選手を手放していようと、2021シーズンに向けて新たな選手を移籍金ありで獲得することが可能になるわけです。