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ぼくのなつやすみ

ここ最近、朝早い時間に軽いランニングをすることが多い。本当は夜のランニングの方が好きではあるのだが、それだと早寝早起き生活に若干差し支えるという問題が発生するので、泣く泣く朝走るようになった。

寝起きでイマイチ身体の動きが悪い中でのランニングだったが、継続しているとこれはこれで悪くないと感じるようになってきた。家から代々木公園まで行き、西門から入って周回コースをゆっくりと走る。ノロノロと30分強走るだけだが、かなりスッキリする。やはり私はランニングが好きなのだ。身体が地面からの反発をうまく推進力に変換している、あの感覚を常に身体の中に宿していたいと感じる。

早いと朝5時半くらい、遅いと7時半ごろに家を出る。その時に私は、毎度不思議な懐かしさに襲われていた。幼少期の記憶のどこかにある情景が、初夏の空気の何かによって思い起こされていたのだ。

その情景が何であるのか、しばらく理解できないでいた。気温が上がる予感を多分にはらんだ少しひんやりした空気、どこかから漂うささやかな草いきれとかすかな人工的な香り、地面にくっきりとした陰影を落とす日差し…そういったものが混ざり合った情景を、あれでもない、これでもない、と記憶の戸棚を漁って探していた。

そんな中私は、小さなヒントを得ることができた。そこにはほんの僅かながら、初恋のあの酸味が感じられるのだ。初恋の時期、つまりその情景は小学生のある学年以上で、中学校の入る前までのどこかに落ちているはずだ。


その情景の在処を突き止めたのは、展示会最終日の朝だった。すでに4日間、バイヤー相手にしゃべりっぱなし立ちっぱなしで疲れ果てていた私は、その日いつもよりもゆっくり目に起きた。その上展示会に行く前にやるべきことがいくつかあったが、どういうわけかその日はどうしても走りたい気分だった。ランニングウェアに着替え、間に合わないのならそれまでだ、となかば諦めの気持ちで家を出た。

それは代々木公園に入る直前のことだった。ハッと、件の情景が、頭の中で再生されたのだ。


夏休みのプールだった。


今はどうなのかよく知らないが、私が小学生の頃は 夏休みに小学校のプールを開放する日があった。1ヶ月ちょっとの夏休み中の限られた期間の限られた時間、学校のプールで好きに遊べるのだ。確かそれに行ったことを証明するシールだかスタンプを押してもらうための台紙のようなものもあったような気がする。天気が悪かったり気温が低かったりで、プールの開放が中止になった場合は、校庭の掲揚台に黄色い旗が上がったことまで思い出した。

私が通っていた小学校のプールは、体育館脇の、芝生で囲まれたスペースにあった。大きさと深さのそれぞれ違う小プールと大プールがあり、学年によって使えるプールが分かれていた。

授業があるわけでもないのに、特に待ち合わせもせずに友達と学校で会うという非日常に胸がひどく高鳴った。それに加えて、当時密かに思いを寄せていたとある女の子がもしかしたら来ているかもしれない、という期待も大いにあった。その子が来ているときは、プールから上がり着替えた後も、その子が更衣室から出てくるまで、男友達と一緒に芝生の上で、塩素のにおいを振り撒きながらふざけ合った。その芝生にはトーテムポールが立っていた。百葉箱もあったように記憶している。


初夏の早朝の空気には、些細な非日常に心を踊らすことができた、あの遠い日のトンボの羽のように繊細な私の心を思い起こさせるものが潜んでいる。それはとうの昔に忘れてしまった感覚であるはずだが、思いがけず私は、あの時の気持ちを、初恋の相手も、プールも芝生も、男友達も塩素も、トーテムポールも百葉箱も、何もかも失った今、改めて抱いているのだ。


神様、あの夏に、還してくれないか…?


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