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🍥燻製たらこ大根葉そうめん🍥



野菜直売所に並ぶことから始まる我が家の休日だが、早起きして並んだ甲斐あって、朝採れの地野菜が選り取り見取りである。

この日は、たわわと葉をたくわえた大根のほかに、大根を間引いて葉に特化した「もみ菜」が並んでいて、私は右手に大根、左手にもみ菜を握って、この僥倖ぎょうこうに人目もはばからず、ウッホウッホと狂喜したのだった。

大根ともみ菜

好きなおにぎりのタネのベスト3に入る大根葉の塩漬けである。握飯爆食家ライスボーラーとしては、速やかに持ち帰って塩漬けにする必要があった。

帰宅し、さっそく塩を撒いて包丁に清酒を吹き清めてから、葉をみじん切りにする。

嘘をついてしまった。

野菜を切るたびに塩を撒き刃に酒を吹かねばならぬほど我が家は厄にまみれてはいないし、塩は撒かずにぺろりと舐めて、口に含んだ清酒は、なんというか──飲んでしまいたい。
それはさておき、よく洗った葉っぱとともに、小ぢんまりとしたもみ菜の根のヒゲの先端まで余すところなく切り刻んでいく。
ポリ袋に入れ、塩を小さじ1程度投入し、よく揉んで少し置いておくと水分が出てくる。

室伏広治に憧れた男の平凡な握力で力いっぱい絞り水分を出していく。この後に昆布も加えるが、定番の「よろこぶ」という願掛けは、このときに限り「力こぶ」になるということは、昆布業界とボディビル業界の禁忌タブーと言われている──気がしている。

「ん?そんなモンか?お前が出す水分──お前が出す本気はそんなモンか?」

などと、物理的な圧力のみならず口頭でも圧力をかけ、葉っぱの精神にも水分の排出を促していく。

しっかりと水気を出し、味を見ながら小さじ1〜2程度の塩を投入し、細切りにした昆布とごま油を少々加え、よく揉み込んで完成だ。


出来あがった大根葉の塩漬けは、おにぎり生活ライフに福音をもたらし、昼食の握り飯が一日の絶頂ピークになる、といった握飯爆食家オニギライザー面目躍如めんもくやくじょたる素晴らしい日々が訪れたのだった。しかし、そんな日々が訪れたはいいものの、作りすぎたそれがなかなか減らない。いつまでも減らぬ大好物、と言えば聞こえはいいが、食べものには賞味期限というものがある。よく水気を出したとはいえ、美味しく頂けるのはせいぜいが一週間〜十日といったところだろう。

おにぎりに──大量に加えてみようか…。

いや、白米と大根葉と塩味の黄金比バランスは崩したくないし、あくまでもおにきりとは「米が主役」であるべきだ。葉っぱの量が過ぎて米の領域テリトリーを侵したら、それはもはやおにぎりではなく、「はにぎり」である。

さて、漬物これを一体どうしたものか──などと懊悩していると、私の頭のなかに、

なんじ、麺とともに食べよ」

という声が響いた。
ほう、その手があったか。目ならぬ、麺から鱗である。冷たい麺に絡めてズゾゾと啜ったら、いかにもうまそうだ。
ただ、麺に漬物だけでは、いささか淡白がすぎる──と思っていると、

「汝、たらこを燻して加えよ」

「汝、EXヴァージンオイルと和えよ」

「あ、塩山椒や大葉も加えよ」

などと、立て続けに天啓レシピが降ってきたものだから、たちまち腹の虫がバウワウと吠え、矢も盾もたまらずにたらこを買いに走ったのであった。


早速、ミズナラとオニグルミのウッドチップでたらこを冷燻にかけていく。表皮は使わないので、中までしっかり煙が行き渡るイメージで強めの燻製だ。

蛇足だが、釣り師が魚拓をとるように、燻製家も煙拓を取るものだ。食材の跡がついたクッキングシートもしっかりとスモーキーで芳しく、なかなか捨てられずに妻の顰蹙ひんしゅくを買うばかりだ。

「率直に言って、きみの表皮は要らないんだ」

などと、腹を割って伝え、そして腹を割って中身をこそげ取っていく。
たらこをボウルに取り、たっぷりのオリーブオイル、大根葉漬を加え、白だし、燻製ごまを少々加えて混ぜておく。

台所キッチンで細麺覇権を争っているカッペリーニとそうめんだったが、夏になると「増殖している疑いすらある」圧倒的な物量に勝るそうめんを選択した。

表示の茹で時間よりも10〜20秒ほど早くあげて冷水で締め、水気をよく切って前述のたらこソースと手早く和える。皿に盛り付け、いつものアフロ大葉をあしらって塩山椒を散らし、ライムを添えて完成だ。

丁寧に盛り付けた皿に箸を入れ、見るも無惨に混ぜ崩して、ズゾゾズゾゾと吸い込んでいく。ヌードル・ハラスメントと叱られても致し方のない大吸引だが、夫の健康診断の数値まで知っている妻である。いまさら何の遠慮がいるものか。

それにしても、箸で食う安心感たるや──。

もし、これがそうめんではなくカッペリーニで作ったものならば、箸を入れてズゾゾっと啜った瞬間にイタリア人シェフが現れて、Vaffanculo!ク◯ッたれがッなどと叫びながらカッチカチのパンチェッタで殴り倒されるにちがいない。
ひるがえって、フォークでそうめんを巻きつけて音もなく口に運ぼうものなら、死んだ祖父じいさんが夢枕に立って、そうめんを箸で食わぬとは云々、と小一時間の説教は覚悟しなければならないだろう。

さて、肝心の味だが、たらこの旨味、大根葉の野趣がEXVオリーブオイルのほろ苦さと相まって小気味の良い食べ合わせマリアージュだ。搾ったライムの味変も食欲中枢に染み入って箸を止めさせない。そして、そうめんの徳の高さたるや──説明は不要だろう。

大根葉漬けの使いみちと食事の出来に冷酒もグイグイと進み、気がつけば流氷に横たわるセイウチがごとくソファに沈んで、私はもう動けない。

休日とはいえ、昼間からソファで金縛りを楽しむ夫に、妻がバチバチと帯電して今にも大きなカミナリを落としそうだ。

そうめんだけに──どうか水に流してはくれないか──

と、口に出すまえに、雷は水を走る原則を思い出し、私はそっと絶望し、口を結んだのだった。

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