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等距離恋愛。_1丁目2番地 短い文字列

ブブッ

_よっ

通知音に、思わず手を止める。

まるで以前から友達だったかのような、そんなテンションで送られてきた一通のメッセージ。「誰だよw」と思わず心の中で突っ込んだ。その瞬間、ほんの少しだけ心が軽くなった気がした。大量に送られてきた定型文のような文字列に見慣れていたせいか、唐突に送られてきたものすごくラフな文字列が気になってしょうがない。

_こういう時ってどう返せばいいんだろう...。そもそもなんでこんなに馴れ馴れしいのかな...。

返事を返そうか返さまいか、そもそも返すとしてなんて打てばいいのかわからない。

_元気?

戸惑っているとまたも友達感覚のようなメッセージが届く。

(「元気?」って...。お母さんでもなかなか聞いてこないよ、それ。)

_あの…知り合いでしたっけ?

質問に応えずに、質問で返す。人としてやってはいけない失礼なことだと我ながらに思う。少なからず、もうすぐ社会人になる人間であればそのくらいの分別はつく年頃だ。でも気になったんだから仕方ない。

_んや、全然

相手からの返事は至極当然な言葉で、少し気が抜けた。もっとミステリアスな感じできてくれてもいいのにな。「前世で一目惚れして...」とかっていう奇想天外な返事が来ることに淡い期待を抱いていた私は、相当疲れていたんだと思う。

そんな夢物語の展開は完全に自分の理想の押しつけだったので、心の片隅に閉まっておくことにした。

_なんでそんな馴れ馴れしいの?

送った後、少し後悔した。質問攻めは相手を疲れさせるだけ。

_生まれ持った才能かな

しかしそんな心配は、「彼」には不要だった。どうやらホンモノのお調子者らしい。

_素敵な才能だね

当たり障りのない言葉で褒める。心の中では小馬鹿にするような、でもちょっと羨ましいようなそんな複雑な感情が蠢いていた。「素敵」という言葉は本当に万能で優秀だ。素敵なカフェ、素敵な服、素敵な写真、絵…。この言葉を頭に付けるだけで、人を喜ばせるチカラをもつ。

そして世界を、ほんのちょっとだけ、幸せにする。

_誰でも簡単に手に入れられるよ

_ただし、取扱い注意

まさにその通りだと思った。「馴れ馴れしい」はよく言い換えれば「親しみやすい」「親近感が湧く」というふうに捉えられる。だけどTPO【Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合。)】をわきまえなければ、それはただの「失礼」や「無礼」でしかない。

ふと、疑問に感じたことを投げかけてみた。

_私に対する敬意はないの?

_ない。

送られてくる言葉を先読みしていたんじゃないかってくらいのスピード感で回答が返ってきて、思わず笑いがこぼれる。

_丁寧に句点まで付けて断言しなくても...w

_あ、今笑った?

_いや、真顔で「w」って打った

_こわw

_ほんとは、少し笑った

_知っとる、笑ってたほうが可愛いよ

_えっ

_アイコン笑ってるから

_ああ、だいぶ盛れてるけどね

_いいやん、盛れるだけ

(名前も、顔も、年齢も知らない誰かとこんな気兼ねなくやり取りできるなんて。なんか面白いし楽しい)

純粋にそう思えた。彼のアイコンは顔の右半分しか写っていないし、マフラーにうずめていたからよくわからなかった。だけど同い年くらいの黒髪の男の子だということだけは認識できた。

名前はきっと偽名だと思ったから、呼ぶことはしなかった。私も偽名を使っていたし「彼」もおそらく、そんな感じだろうと直感でそう思った。生産性のないくだらない会話をしてるだけっだたのに妙に心の不安がほぐれ、思い詰めていた気持ちを忘れさせてくれた。

_あのさ

_よかったら

彼は、短文を好んで使う。

_ん、なに?

数秒置いた後、意を決したかのようにスマホの通知音がなった。

_よかったら、電話せん?

_嫌なら別にいいけど...

さっきまであんなに自信過剰なお調子者の人間だったくせに、急に自信なさげに「よかったら」なんて言ってくるもんだから不覚にもちょっと可愛いなと思ってしまった。

こんなくだらない会話なのに、どこの誰かもわからない私と電話したいと思ってくれたことが意外で、だけど素直に嬉しかった。

_私もしてみたいと思ってたの。けどこのアプリじゃできないよね...。どうやってする?

_カ〇オ持ってる?

_んー、持ってないからインストールしてくるっ

_おけ

返信を確認したあと、アプリの検索画面で一時期流行っていた聞き覚えのあるチャットツールの名前をいれダウンロードした。

ダウンロードに思っていたより時間がかかったので、その隙にトイレに行こうと立ち上がり視線をふと画面から離し見上げる。

_あ、もう朝だ

外がうっすら明るくなっていたことにようやっと気付いた。 時計を見ると、もう朝の6時になろうとしていた。 今日が休みで良かったと心の中で息をつきながらトイレを済ませ、スマホを覗く。

_まだ?

_おい

_やべ、ねみい

_ねそう

_・・・ねた。

またひとり誰もいない空間で笑ってしまった。慌てて返事を送る。

_ごめん!トイレ行ってた!

_もう、寝ちゃった?

すると待ってましたと言わんばかりに

_ねた

という返事が来る。

_寝てる人は寝たって返せないでしょ(笑)

_これIDね、検索して!

_niconico2525

冷静につっこみをいれ、カ〇オのIDを送った。間もなくして、友だち追加されお互いが本人であることを確認しあった。どうやらこっちの名前は本名らしい。それが定かではなかったが私も本名で登録することにした。

_かけてい?

彼からのメッセージ。電話となると少し、いやとても緊張する。一呼吸置いてから

_うん、いいよ

とだけ返す。意味もなくベットの上で姿勢をただし、正座して彼からの着信を待ち構える。震えるような寒さは嘘のように忘れ去り、さっきまであった孤独感はいつのまにか消えていた。

_pluuuuuu.

_ピッ

_はい。

これが、「彼」との初めての電話だった。

_1丁目3番地 

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