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等距離恋愛。_1丁目1番地 孤独なベット

「はあ、眠れない…。」

2月のキンキンに冷えきった夜空を煽り、呟く。寒空に煌々と輝く月はとても綺麗で、自分の心との温度差に失望してはまた、頭を垂れる。わずか4畳一間ほどの個室に備え付けられたシングルベットに身を預けてから何度、寝返りを打ったのだろう。

身体を捻る度ため息が漏れだし、その度、自分の一部がまるでシャボン玉のように雲の上の遥か遠くへと飛んで、どこか知らない土地で弾けて消えていってるような、そんな感覚に陥っていた。

ぐっと息を潜め、ぎゅっと目を瞑っても、幼い頃に聴こえてきた子守唄はもう私の耳に降りてはこない。そりゃそうだ、何処かの誰かさんが決めた身勝手な基準によればもう立派な大人を迎えているわけで。大人になった実感なんてちっとも無いまま、誰だってなんとなく大人になっていく。

_春になったら社会人として働くんだ。母親は遠い田舎にいるんだから、いつまでもおんぶに抱っこで甘えてはいられない。自立しなきゃ。

ちょうど一か月前の今日。成人式を迎え、晴れて「おとな」の仲間入りを果たした。久しぶりに会う中学時代の同級生の姿は、あの頃とほとんど変わらなくてちょっと安心した。自分が想い描いていた「大人」と、今の私がなってしまった「おとな」は全く違っていたからきっとどこかで焦っていたんだと思う。

_19歳の最終日と20歳の初日で、RPGの中の主人公みたいにわかりやすく進化してくれたらいいのにな...。あ、でも朝起きて自分の姿形がまるっきり変わっていたら、それはそれで自分のことを自分として素直に認め受け止められる自信はないかも。

おもむろにスマホのロックを外し、SNSを開く。便利なようで鬱陶しいオンライン上の繋がり。必要以上の情報が嫌でも脳内にねじ込んでくる。そんな時代だからこそ、無意識に承認欲求を満たそうとしてしまう自分自身に嫌気がさす。「私はここにいるよ。ここで息をして、必死に生きてるんだよ。」なんて他人からしたらどうでもいいことなのに。それでも何処かの誰かが見ていてくれているような気がして今日もまた承認欲求を満たす。

2年前、故郷秋田から“夢追人”が集うこの東京という土地に足を踏み入れた。そしてあっという間の学生生活が終わり社会に出る目前になって「不安」や「迷い」という目に見えない敵と、果てしなく終わりの見えない闇の中で一人闘っている。


_本当にこの道でいいの?

_これが自分のやりたいことなの?

_後悔したってもう遅いんだからね?

何度も。何度も、何度も、何度も、何度も。

自分を問い質した。


この「不安」や「迷い」がどこから湧き出てくるのかもわからず。

_わからないのならいっそ、壁を作って見ないふりをしよう。

不安という濁流の湧き出る方向に大きな壁を作り、見て見ぬふりをすることにした。

_ほらね、もう全然平気。大丈夫、大丈夫。

呪文のごとく言い聞かせるかのように、いつもより声を張りワントーン高い声色で唱える。

『わたしは、お姉ちゃん。わたしは、強い。』

母親に幼い頃の私はどんな子だったかを聞いたことがあった。

「あなたは自立心が強くて、すごくお姉さんだったよ。なんていったって一歳くらいのやっと喋れる頃から口癖が『ひとりでっ。ひとりでっ。』だったのよ。なんでもひとりでやりたがってお母さんが手を出すのを嫌がっていたからね。甘えん坊な弟の面倒も嫌な顔一つせず、むしろ幸せそうにやってたんだからちっちゃいお母さんみたいなものだったよ。」

誰かに教え込まれたわけでもないが「長女としてしっかりしなきゃいけない」というプライドが自然に植え付けられたため、人に甘えるということがいつのまにか苦手になってしまった。

後にそれが原因で、自分を苦しめることになるとも知らずに…。

考えれば考えるほどに、自分の存在価値がわからなくなって喉がカラカラになっていたことにようやく気づく。冷蔵庫に入っていた飲みかけのミネラルウォーターを一気に飲み干す。それでも乾ききった部分を完全に潤おすことはできずにいた。

無理やり作った壁のせいで、失うものも増えた。友達、先輩、彼氏、それに家族...。失ってからその存在の大きさに気づき、途方もない喪失感と後悔に駆られる。どうにもならない状況になってからじゃもう遅いのに、いつだってそうだった。

_自分は独りで生きてるわけじゃない。みんなが傍にいる。

頭では分かっていても、心が言うことを聞いてくれない。「寂しい」と身体が細胞単位で叫んでいるのに、口は閉ざしたまま開いてはくれない。

_誰かにすがりたい、助けて。たすけて。タスケテ。

突拍子もない衝動から生まれた感情を絵の具でぐちゃぐちゃに塗りつぶすために今日もまた「便利屋」と化した四角い電子機器を弄る。

__誰かと話したいな...。でも出来れば知り合いにはこんな自分の弱い姿は見せたくない。全く見知らぬ誰かに、ただ黙って弱音を聞いてもらいたい。

_誰でもいいの、だれか…。

アプリ検索で見つけた、とあるチャットツールを手早くインストールする。

_どうせ会うこともないネット越しの相手。

..写真フォルダにあった程よく盛れている写真をアイコンにして、プロフィール欄に「お話し相手になってくれる人いませんか?」とだけ書いた。すると、思いのほかたくさんのメッセージが次々と送られてくる。

_土曜日の深夜3時だというのに。案外、世の中には寂しい夜を独りで過ごしている人が多いのかもしれない。

これだけインターネットも普及して沢山の人と関われるようになったのに、それが反対に寂しさや孤独感を助長しているように思えた。チャットツールは孤独で寂しい夜にぽっかり空いた心の穴を、ドロドロに溶かしたコンクリートで流し固める荒治療でしかない。それでも「自分は一人じゃない」という安心感に勝るものはきっとないのだ。

しかし世の中は「いい人」ばかりではない。匿名性なのをいいことにマナーや常識を理解していないセクハラまがいの発言や、犯罪にもなりかねない要求をしてくる輩がうじゃうじゃわいている。ムカデよりも悪質でたちが悪い。「ちらほら」ではなく、「うじゃうじゃ」という表現がしっくりくる。

そんな虫の巣窟の中で、会話が成り立つ相手は自然と絞られていく。気が付くと、時計の針は午前4時を回っていた。「話を黙って聞いてくれる人くらい、すぐに見つかる」という甘い考えは、大ハズレ。

_うーん...よく考えたら、そんな都合よく話を聞いてくれる人なんて現れるわけないよね。みんな自分のことで精いっぱいで、自己欲求を満たしてくれる人を探しているんだから。...現に、私だってその一人だし

_それならわざわざこの場限りの人と当たり障りのない話を続ける必要はないな

相談相手を探すことを諦めスマホを閉じようとボタンに指を添えたその時、



ブブッ



_よっ



通知音とともに一件の短いメッセージが届いた。

【nezt.1丁目2番地 短い文字列】

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