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【料理小説】ゆりこさん、今日のごはんは?#6 消えたい日のラーメン

人間関係のトラブルから会社を辞めた、ゆりこさん。
自分を大切にするために、ごはんをちゃんと食べることにしています。
今回は、ラーメンを食べに。

#6 消えたい日のラーメン

涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味はわからない

ゲーテ

死にたいだなんて、そんな大袈裟なことではなくて。
「あぁ、このまま消えられたらなぁ…」と思うことがある。
誰にも迷惑をかけずに、そんなに悲しませずに、痛くも辛くもなく、フワッと。もしそれができるなら、消えてしまうかもしれないなぁ…なんて。

軽い気持ちで、そんな最近思ったことを高校からの友人のともえに伝えたら、目を丸くされた。
思いがけないリアクションに、自分が言ってはいけないことを言ったことを悟る。
なるほど、自殺願望のようだ。自分的にはちょっと違うのだけど。

「よし、わかった。そういう時は、遊園地だ。」
ともえはキッパリと宣言すると、手にしていたカップのカフェラテを飲み干した。
何がわかったのか。どういう時なのか。なぜ遊園地なのか。さっぱりわからない私は呆気にとられてぽかんとしてしまう。
飲み終わっていた紙カップを私の分までさっさと片付けると、ともえは私のバックをグイッと渡し、
「何してるの。早く行くよ。」
と店を出ようとする。その背中を私は慌てて追いかけた。

 ともえを追いかけるがままに向かって、着いたのは街中にある遊園地だった。
平日昼間の遊園地エリアは、小さな子供連れがちらほらいる程度で、ジェットコースターはかろうじて営業しているがほぼ動いていない。
「ほら、乗るよ。」
と、まるで決まりごとかのように、ジェットコースターの方へ進むともえのコートを慌てて引っ張って止めた。
「乗るって、ジェットコースターに??」
「そうだよ。ここまでわざわざジェットコースターに乗りに来たんだから。」
「どういうこと?話が見えない。」
ともえが言う事には、死にたいとか、消えたいとか思った時は、とにかく大きな声を出した方がいいらしい。
自分の限界を超えるくらいの大きさで、大きい声であるほどよく、それができるのがジェットコースター、という事らしかった。
わかるのか、わからないのか、複雑な理論だなぁ…と思っていると、ともえはさっさと2人分のチケットを買い、乗り場に向かう。
ここまで来たら、乗らないわけにはいかない。
平日の昼間に30過ぎの女が2人でジェットコースターに向かう珍妙さに、なんだか笑えてくる。ジェットコースターなんて、ひさしぶりだ。

当たり前だけれど、人の少ないジェットコースターに待ち時間などない。あっという場に乗り場について、先頭に座ることになる。安全ベルトを上から下げて、スタッフの人に確認されてはじめて、「あ。これはやばい。」と感じた。どんどん心臓の音が大きくなって、指先に力が入る。
やばいと思ったところで止まってくれるはずもなく、無情にも「ビー」という発車音が鳴る。
ともえにこの気持ちを伝えようと思った瞬間、ジェットコースターが走り出した。
ガタンガタンと音を立てて登るコースター。思っていたよりも高くまで進んでいく。なんでこうなったんだっけ。
グルグルと考えていたら頂上に辿り着き、コースターはゆっくり下を向いたと思ったら高速で走り出す。

うわぁぁぁあああああああああ
と2人してこれでもか、というくらいに叫んだ。こんなに大きな声を出したのはいつが最後だっただろう。
消えたい、なんて思っていたのに。今は必死に安全バーを掴んで、振り落とされないようにとしがみつきながら、大きな声で叫んでいる。
1つ目の大きな下りを降りてしまえば、そこからはなんだか楽しくなってきて、必死な自分が滑稽で、お腹から笑いが込み上げてきた。
スピードを落とさないコースターに乗りながら、声を出して笑ったら、ちょっと涙が出てきた。
滲んだ涙は、コースターの風が拭ってくれたから、きっとともえにはバレていないはず。
あぁ、今日はすごく空が綺麗な日だったんだなぁ。

止まったジェットコースターで、お互いに顔を見合わせる。
髪の毛をボサボサにしながら、だけどちょっとスッキリした顔で。なんとなくお互いに笑いが止まらなくなって、スタッフの人が不審な顔をするくらい、ゲラゲラと笑い続けた。

遊園地をあとにすると、次はラーメンだと連れて来られたのは、見るからにガッツリ系のラーメン屋。
「ねぇ、まだ16時だよ。こんなガッツリ系のラーメン、食べられないよ。」という私の主張も虚しく、いいから行くぞ、と店内へ。

メニューに「ミニラーメン」の表記を見つけて、ちょっとホッとする。

出てきたラーメンは、ミニと言いながら普通のラーメンのサイズで。おやつに食べるサイズでは決してない。
久しぶりに食べるジャンキーな味。糖質と脂質をガツンと感じて、血糖値が一気に上昇するのを感じる。最近ヘルシーなご飯ばかりだったから、余計に。
熱々のラーメンを、フゥフゥしながら必死で食べていく。こういうのは勢いが大事だと知っている。
食べても食べてもキャベツも麺も減っている気がしないが、不安になったら負けだ。とにかく一口ずつ、食べていくしかない。
隣ではともえも、必死になってラーメンを食べ進めている。もはや会話はない。とにかく目の前のラーメンを減らす。これは闘いだ。

ラーメンがなくなるよりも先に、お腹のキャパに限界を感じる。苦しい。が、残すのは信条に反する。丼の底が、ようやくちょっと見えてきた。

食べ終わる頃には、なんでこんなに必死にラーメンを食べることになったのかを一瞬忘れていた。
そうだ。ともえが「こういう時はラーメンだ。」とか言うから。

店を出て、ともえに聞く。
「どういう時で、なんでラーメンだったわけ?」
「元気がなくなっちゃった時はさ、とにかくあったかくて、カロリー高いものを食べた方がいいわけよ。そんで、お腹いっぱいにしてあげないと。ついでに量が多いと、必死で食べるから余計なことなんか考えないでしょ?」
悔しいけど、言っていることはよくわかった。
もうすっかり、昨日までのしょぼくれた気持ちはどこかに行ってしまった。今ではもう、何をあんなに深刻に思っていたんだろう、と思っている。

「お腹が空くとさ、元気がなくなるじゃん。そういう時ってさ、誰にでもあるじゃん。そういう時は、大きな声出して、わーって頭空っぽにして、あったかくてカロリー高いものをお腹いっぱい食べるの。
そういうもんなの。」

なんて雑な、と思うけど、たしかにそういうものかもな、と思う。
たぶん、今の私は、「そういう時」なだけなのだ。
だから、いつもよりも、温かくてカロリーが高いものがお腹いっぱいに必要なんだろう。
あぁ、体重計が怖いけど、一旦それは置いておいて。

「元気出た気がするよ。ありがとね。」
とともえに言うと
「でしょ?」
と得意気に笑われた。

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