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タバコ



少し洒落たイタリアンレストラン。

「お酒、何飲めます?僕はなんでもいけますよ。」
「私も、なんでも大丈夫。お店の料理的にワインかな。」


私と彼は、ワインを片手に
少しずつ盛り付けられたサラミやチーズを
ゆっくりと味わいながら食べている。

目の前に座っているのは、
1つ年下の男の子。
10年以上前に付き合った、元カレだった。

付き合ったと言っても、
ほんの数ヶ月連絡を取り合っただけで、
デートらしいデートもしていない。

とても初々しくもあり
関係が変わらなかった数ヶ月。




学校が違う年下の彼と出会ったのは
中学3年生の春。
部活動の大会があり、私は総合体育館に来ていた。

大勢の人がいる中で、
私は彼の笑顔に惹かれ一目惚れをした。

あどけない笑顔と裏腹に、
試合中の姿はとてもかっこよく私の目に映った。

自分が一目惚れをしたことに驚いた。
そして、この胸の高鳴りを抑えることはできなかった。

何も知らない人の事を
ここまでに好きになれるなんて・・・


同じ部活の友達に相談すると、
皆でとても盛り上がり私の恋を応援してくれた。

私があの子と会えるのは、大会会場が一緒になった時だけ。
早速、次会ったときにパソコンのメールアドレスを渡すことにした。


まだスマホがない時代。
個人の携帯も持っておらず、
連絡が取れるとしたらパソコンのメールか家の電話を使うしかなかった。


大会当日、小さなメモ用紙を荷物の中に忍ばせた。

何校も集まっている大会で、何百人もの人がいる。

初めて声をかける緊張や、
顧問の先生や応援に来ている親に見られたらと思うと、
なかなかメモ用紙を渡せなかった。

今日渡せなければ、彼と会えるのは次の試合の時。
そもそもメモを渡したとしても、返事がもらえるかもわからない。


最終試合が終わり、各学校ごとに片付けや掃除を始めた。
メモ用紙はまだカバンの中だった。


しかし、神様は私にチャンスをくれた。

あの日、掃除の担当箇所が偶然にも近かった。

私はカバンからメモ用紙を取り出し
3、4人で戯れていた男の子に声をかけた。

少し照れたように笑うその子と
少しでも話せたことが嬉しかった。


しばらくして、男の子からメールが来た。

それからメールのやり取りを何度かして、
次の試合で会ったときに、男の子から付き合おうと言われた。


14歳と15歳の恋愛は
とても純愛で、お互いに声を聞けるだけで嬉しかった。


けれど、純愛とは儚く、とても脆かった。
学校が遠くなかなか会うことができずにいた。

そして、気がついたら2人の関係は終わってしまっていた。




あれから10年。

私が3年付き合っていた彼と別れたその年のお正月。

男の子から
「明けましておめでとうございます。」
と連絡が来た。

なぜこのタイミングで連絡が来たのかはわからなかった。
この連絡に、私はなんとなく返信をした。

連絡を取り合っていると、
どうやら職場が近かったことがわかった。

お互い付き合っている人もいなかった。

「今度、ご飯でも行かない?」

とても自然な流れだった。



そして今一緒にワインを飲んでいる。

とても不思議な光景。

今どんな仕事をしているかとか、
昔の思い出話を話していたらあっという間に時間が過ぎた。


「お店変えて、もう少し飲まない?」


楽しいその雰囲気に、お酒が進んだ。
少しでも長くその空気を味わいたかった。

イタリアンレストランを出る時、
「僕がお金払うよ。男なんだから払わせて」
と一丁前なことを言ってきたもんだから、笑ってしまった。

「どうして笑うの?」と私につられて笑いながら聞いてくる。
その笑顔が、10年前、私が好きだった笑顔と同じもんだから、
また笑いが止まらなくなる。


私達は駅近くの大衆居酒屋に移動し、飲み直すことにした。

お酒が席に運ばれるなり
「タバコ、吸ってもいい?」と彼が聞いてきた。


私の中で『男の子』だった彼。
今は日本酒を嗜みながら、タバコを吸っている。


とても不思議な光景。

顔はあの時からあまり変わっていないが、
お酒とタバコが相まって、やけに大人びて見えた。


…私が少し酔っていたせいもあるかもしれない。


それでも、少し大人びた彼に垣間見える仕草や表情が
私が好きだった男の子と一緒で、
懐かしいような、嬉しいような、寂しいような、
そんな気持ちを抱えながらお酒を飲み進める。


タバコを吸っている仕草をぼーっと見ていると、
「タバコ、吸ったことないんでしょ?」
と聞かれ、素直に頷く。

「吸ってみる?」


あぁ、ずるいなぁ。

私の好きだったあの笑顔。
酔いが回っている状態の私に
その笑顔を向けるのはずるい。


楽しくお酒を飲み過ぎた私は、
タバコが嫌いにも関わらず
彼が差し出してきた
その吸いかけのタバコを手に取った。

「あんまり深く吸いすぎると苦しいからね。」

お酒に手を伸ばしながら、そう忠告してくる彼。

私は、ドキドキしながら
初めてタバコを咥えた。


タバコの煙を喉の辺りまで通して、
すぐに吐き出す。


「ははは、それは吸いなさすぎ。」

その様子を見て、彼が笑う。

「だって、どこまで吸っていいかわからないから。」

私は恥ずかしくなり彼にタバコを返した。






私がタバコを吸ったのは、
人生であの一度きり。


あれからタバコを吸うことも、
彼と連絡を取ることもなかった。


私の、少しほろ苦い思い出。


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