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激辛ナイト

 クリスマス直前に彼氏と別れて心がささくれ立っていた咲良に、真っ赤なメッセージカードが届いた。差出人は駅前のカフェだ。おそるおそる封を開ける。

「松崎咲良様 来る十二月二十四日クリスマス・イブにて、『クリスマス限定•激辛ナイト』を今年も開催致します」

 下の方に手書きでメッセージが書いてある。
『咲良へ。去年は私が参加してとっても良いことがあったので、咲良を推薦しました。きっと楽しめるはず! 葵より』
 葵は、高校からの親友でつい先日も会ったばかりだった。良いことと言えば、彼女に恋人が出来たことだろう。もしかして、このイベントで恋人が出来たのかもしれない。これも、葵なりの励ましなのだろう。それにしても、クリスマスに激辛とは、企画者は皮肉屋なのだろうか。あまり乗り気では無かったが、葵に詳しい事を聞こうと電話をして、思わず行くと言ってしまった。
 クリスマス・イブ当日、駅前の本屋から向かいにあるカフェの様子を見ていた。カフェは地下にあるようで、一人客が階段を降りて行く様子が見えた。参加者だろうか。ドキドキしながら、煉瓦調の階段を降りていく。入り口のミニ黒板に描かれたハバネロのイラストが、『激辛ナイト・開催中!』と叫んでいた。
「いらっしゃいませ。招待状はお持ちですか?」
 真っ赤なカフェエプロンをした店員に、招待状を出す。
「あの、なんでクリスマスに激辛なんですか?」
「それは、あそこで人一倍はしゃいでいるオーナーの思いつきでして」
 視線の先に、お酒を楽しむ真っ赤なジャケット姿の男性がいた。
「クリスマスに店がカップルで賑わうのが嫌だけど、店を閉めるのは負けだと言い張りまして。最初は親しい方達を呼んで、『激辛鍋を食べる会』を開いたのが始まりらしいです。ーーこちらのお席へどうぞ」
 壁や天井にカラフルな唐辛子やドクロが吊り下げられ、穏やかなカフェの雰囲気をぶち壊していた。
「こちら、今までのイベントの写真です。宜しければご覧ください」
 真っ赤に燃えるようなチキンをオーナーや客達で食べている様子が写っていた。
「それは名物の激辛チキンです。後ほど、お持ちしますので、それまでこちらの料理をお楽しみください」
 予想はしていたが、食べ物や飲み物が全部激辛だ。辛いものは好きな方だけど、食べられるだろうか。
「辛いの、苦手ですか?」
「えっ?」
 隣の席の女性が同じようにメニューを手にしていた。
「迷っていたんですけど、あなたが階段を降りていくのが見えて、思わず後を追ってしまいました」
「実は私もです」
 二人は顔を見合わせて笑う。
「とりあえず何か頼んでみましょうか」
「そうですね」
 ご飯ものは坦々麺やカレー、キムチチャーハンがあり、サイドメニューには唐揚げやサラダ等がある。飲み物もソフトドリンクからアルコールまで各種あるようだ。
「飲み物も辛いものしかないですね。辛口ジンジャエールに、生姜紅茶」
「チリビールに、唐辛子梅酒に唐辛子ワイン、これはどんな味がするんだろう」
 店員に言って、席を一緒にしてもらい料理を頼む。ほぼ、席は埋まっており、客層は咲良達と同じ二十代から三十代のようだ。
「そう言えば、お名前を聞いてなかったですよね」
 彼女は福田優奈と名乗り、咲良より二つ年上の三十歳。近くの薬局で働いていると言った。
「優奈でいいよ」
 それから、お酒は強い方だとブラウスの袖をまくった。
「お待たせ致しました。キティとシャンディーガフです」
 咲良の前にキティを、優奈の前にシャンディーガフを置く。キティは、赤ワインをジンジャエールで割った、名前の由来が猫という可愛いカクテルだ。シャンディーガフはビールとジンジャエールを一対一で割ったカクテルで、優奈は家でもよく作ると言った。二人は照れながら乾杯する。
「名物の激辛チキンと、エスニック風激辛サラダです」
 香辛料のいい香りがするチキンと、唐辛子パウダーがふんだんにまぶされているサラダが、テーブルに並ぶ。
「辛そう!」
 優奈は言いながら、楽しげに小皿に取り分けている。
「か、辛い! けど美味しいですよ、このチキン」
「サラダもナッツが香ばしくて美味しい」
「パウダーが目に入ったら死にそうですけど」
 食べても辛い、飲んでも辛い。二人は涙を滲ませながら食べる。
「なんかクセになってきた」
 優奈が次は唐辛子ワインを頼むと店員を呼ぶ。咲良はラッシーと海老入りグリーンカレーを頼む。
「坦々麺はものすごく辛そうよね」
 優奈はメニューの写真を見て、悩んでいる。
「辛さはマイルドから激辛まで、お好みに合わせて調整出来ますよ」
 店員がそう説明すると、向かいに座った男性が、辛さ調整を失敗したと涙目で言う。
「マイルドでも結構辛いですよ。以前頼んだ時は、ここまで辛くなかったんですけど。でも今日は激辛が心に滲みます」
 涙を拭く真似をした。隣の男性が、慰めるように肩を叩いた。
「彼はねえ、仕事から帰ってきたら家が真っ暗で、置き手紙がポツンとテーブルに置いてあったんですって。その手紙で奥さんとお子さんだけでテーマパークに行った事を知って、失意の中にいた所をマスターに声かけて貰ったそうですよ」
「僕も行きたかったなあ。俺だってキャラクターと写真を撮りたい!」
「まあ、よくあることですよ。飲みましょう!」
「有難う! 親友!」
「初対面なんですけどね」
 二人はチリビールで乾杯した。
「実は、そのテーマパークのチケット、オーナーが奥さんにあげたらしいですよ」
 店員が声を落として言う。
「えっ。じゃあ」
「オーナーの罪滅ぼしでしょうねーー失礼しました。坦々麺の辛さは如何なさいますか?」
 店員のシャツのポケットに刺繍されたハバネロが不敵に笑ったように見えた。
「わくわくしますね」
「少し食べてみる?」
「カレーもどうぞ」
 二人は激辛の食事をすっかり楽しんでいた。
「辛い! でも美味い!」
 他の席からも同様の反応が聞こえる。
「汗だくだー」
 優奈は額に当てたハンカチで目元を押さえたまま、息をはいた。
「飲み物、頼みます?」
「私もラッシー飲もうかな」
「唯一の辛くないものですもんね」
 店員を呼ぶと、それなら口直しにと甘いシャーベットと温かいお茶を運んできた。
「これ、ハバネロじゃないですよね」
 シャーベットに添えられた赤い実を指さすと、店員は「ドライトマトです。ご安心下さい」と笑う。
「うーん。甘くて美味しい」
「より甘く感じますね」
 二人は噛みしめるようにアイスを口に運ぶ。
「私ね、少し体調を崩していて、最近やっと仕事復帰したばかりなの。だから、まだ働く事に身体がついていかなくて。久々に夜に外に出て、ちょっとした冒険みたいだったわ」
 最後の一口を勿体なさそうに口に運ぶと、「あー、食べちゃった!」と小さな女の子みたいにお腹を撫でた。
「そうだったんですね。私も彼氏と別れたばかりでもやもやしていたの、辛いの沢山食べたら忘れちゃいました」
 そう言いながら、胸がちくんと傷んだ。
「いろいろ、あるねえ」
 優奈がお茶のおかわりを頼んで、携帯電話を取り出した。
「連絡先、聞いても良いかな?」
 咲良も携帯電話を取り出す。
「はい! もちろんです」
「記念に写真撮ろうか?」
「良いですね」
 店員がそれならこれをと、『激辛ナイトにようこそ』とハバネロが叫んでいるプレートを持ってきた。
「では、撮りますよ。ハイチーズ!」
「今日はご参加有難うございました」
 オーナーがにこにこした顔でやってきた。
「いえ。こちらから、招待状が来た時は驚きましたけど」
 咲良も同調して頷いた。
「激辛ナイトの参加者には、次の参加者を選んで頂いているんですよ。来年またお知らせしますので、その時はお願いします。もし気に入って頂けたなら、お互いに招待しあっても良いですよ。それと、来年と言わず、また来てください」
「はい。また来ます。ごちそうさまでした」
 二人は名残惜しい気持ちで、カフェの階段を上る。外へ出ると、辺りはキラキラとイルミネーションが輝いていていた。
「私たち、唐辛子の匂いが付いてないかな?」
「すっかり、鼻が鈍くなりました」
 横を通ったカップルが、くしゃみをした。
「今の、偶然だよね?」
「ええ、たぶん」
「じゃあ、次は辛くないご飯を食べに行こう」
「はい。私もお店、探してみます」
「うん。じゃあまた」
 優奈は軽く手をあげて、駅の方へ歩いて行った。いろいろあると呟いた優奈も、また明日から前を向いて歩いていくのだろう。
 何だか不思議な夜だった。初めて会った人達と沢山話して疲れは出たが、決して嫌なものでは無かった。激辛ナイトに招待してくれた葵に感謝のメールを送ると、すぐに返答が来た。
『楽しかった? 今度、話を聞かせてね!』
 何て返事を書こうかと迷いながら、そのまま帰るのが勿体ない気がして本屋の中をぐるりと巡る。グルメ雑誌を眺めながら、誘う店の料理も激辛だったら、優奈は何て言うだろうかと考えていた。彼女も同じような店を提案してくるような気がする。
 店内に飾られたクリスマスツリーを見て、葵へのメールに喫茶店で撮ったクリスマスツリーの画像を添付した。小さなハバネロが不気味に笑っている飾りが、気に入って撮ったものだ。
「メリークリスマス」
 記念でもらったハバネロの携帯ストラップが、小さく揺れた。

おわり

この作品はアドベントカレンダー、参加作品です。
創作の輪を広げる #アドベントカレンダー2021 |蜂賀 三月|note

#クリスマス
#アドベントカレンダー
明日はみらいさんの作品が公開されます。お楽しみに*

https://note.com/mirach



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