＜第一集　X版　＞アラビアンナイト珈琲店　正書①

感性要素の高いく表現系の方々が、生き生きと活動を楽しまれますように❣

（8800字ぐらいあるよ。）

アラビアンナイト珈琲店　第一集＜X版＞
******************************************************
①《アラビアンナイト珈琲店》
アラビアンライト珈琲店。茜色が西の空を染める頃から、濃紺が空一面に広がり始める時刻にかけて、いつの間にやら街角に忽然と姿を現す珈琲店。
　とっぷりと日も暮れた。夜空に星々が白に黄色、オレンジに赤と踊り始めるころ、カラランコカランと扉を開ける音が響いた。今夜も新客だ。
「・・・。」
お客は決まって無口で扉を開く。それは、当珈琲店だけではなく一人客なら大抵どこでも同じこと。ましてや新客なら当然のこと。
　芽衣（めい）は、お客様がやってくるのをわかっていたかのように、店の入り口の扉のそばで控えていた。扉は、パリの街角にあるようなアンティーク調の木製の扉の隣で、濃い茶色の落ち着いた色調だが、不自然なほど、細長い。まるで茶室に入る扉を縦にやたらと細長くしたような独特な造りだ。和の茶室の入り口が小さいことをご存知の方もいるだろう、必然大抵の大人は身を細めてやってくる。敷居をまたぐと、無限の奥行を錯覚させる店内から、珈琲の香が嗅覚を刺激する。上背のあるすらりとした新客は、白い顔をしたまま視線が定まらない様子である。何か腑に落ちないものを抱えているのだろうか、釈然としない面持ちで店内を見回した。
「あら、いらっしゃい。ご案内致しますわ。」
ひきずらない温かい声で出迎えた芽衣は、このカフェのメイドである。口角が緩やかに上がったアルカイックな微笑で新しいお客様を迎えるのは、いつも芽衣だ。安定して幸福感の高い人がそうであるように、芽衣の目元は出会う人をみな祝福で包みこむような喜びを称えている。歳は20代の半ばを過ぎた頃に見えるが実際はもっと年齢を重ねているのかもしれない。黒と白を基調としたレースと膨らみの多いメイド服で、膝が隠れる丈のスカートは清楚な雰囲気を醸し出していた。腰もとで巻かれたエプロンの白い紐は、華奢だが女性らしい芽衣の身体の凹凸を際立たせていた。何より、人間離れした穏やかさが身体中から放たれていた。
　新客は大きな音を立てないよう配慮しながら、うつろな様子のまま珈琲店の小さな木製の扉を閉めた。扉は滑らかに動いた。カラランコカラン。開いたときと同様、素直な開閉の音と共に、奇異を思わせるドアベルの音が響いたが、今度は違い新客に店に今入ったという明瞭な自覚をもたらした。

　新客は冷静な表情で珈琲店内を一覧したあと、はっとしたように会釈をした。視線を方々から感じたからだ。一礼はごく軽いものだったが、礼儀正しさが伝わるには十分だった。
「あら、イケメン。美男、好青年。あっ、あなたは・・・・」
翔子は、来店した男性の顔を見てあっと驚き息を飲んだ。翔子、彼女はこのカフェの常連だ。やってくる客を時を忘れて観察しては、歯に物を着せずものを言う主婦で、小さな女の子を子育て中という話だ。とても柔和な顔立ちをしていて、まさかシニカルな類のコメントが出てくるようには到底見えない。髪型はふわりと空気感をもたせており、毛先は緩く内巻きにカールしている。白いブラウスに、主張しすぎないアッシュピンクの揺れ感のあるプリーツシフォンスカートをはいている。彼女も口元に微笑が見られるが、芽衣とは違った印象を与えた。それは子供のためにいい印象を持ってもらいたいという欲求があからさまなママのそれであった。付き合い上手を装いたいが実はそうではないということを洞察力のある人ならばすぐに見抜ける類のものである。彼女は30代後半ということであるが、最近の子供を育てママがそうであるように、彼女も十分に若々しく、かつ熟成した魅力が宿りつつある女性であった。
「・・・。」
蒼白といえる程顔色の白い新客の表情は、翔子の先ほどの3拍子の言葉、イケメン、美男、好青年、に対応するべく好印象以外受け取れないようなごくごく自然ではにかんだ笑顔を見せた。しかし目の奥の生気は今にも消えそうな蝋燭のともしびのようであったのをこの珈琲店のマスターは見逃してはいなかった。
「おや、いらっしゃい。さぁ、温かい珈琲をお入れします。ゆっくり一息ついていってください。生きていると色々ありますからな。」
マスターは、まるで旅先で偶然に会う千年来の友のように迎えた。渋みを絞りだすようなサックスの低音の声は、温かみのある落ち着きを伴った。
＜ナレーション＞
さて、ここでこの小説を始める前に、アラビアンナイトの店長であるマスターと、この物語を書くに至った背景について、少しお話しさせていただければと思います。ナレーションにお付き合いくださり、ご理解頂ける方のみ読み進めて楽しんでいただければと思います。
　まず、この店のマスターについて紹介させてください。2つほどの特異な点についてもお話しできればと思います。紹介といっても、マスターについての詳しい経歴や店をオープンするに至った理由は、実はわたしもまだ知らないのです。ですから、彼のルックスについて説明できればと思います。
　マスターは、絵に描いたような老舗珈琲店の店長のなりをしていて、白の襟付きシャツに黒色のベストを着用し、首元まできっちりとボタンでしめられた襟元には、黒色のクロスタイが紳士な雰囲気を醸し出しています。
　第一印象は、長身の堀の深いダンディーな二枚目だと誰もが口を揃えるような風貌です。実際彼は、190㎝に届くか届かないかの高身長の持ち主でモデルの経験もあったそうです。肉体は鍛えられており、ベストの上からでもそれがわかる程胸筋には膨らみが見られます。また褐色の肌からは、週末は燦燦とした太陽に照らされ、揺れて光る水面の上を小型ジェットヨットにでも乗っていることを想起させるようなアクティブさがあります。えぇ、事実、趣味であるそうです。年齢は見たところ50代前半のようですが、髪は黒々として白髪は見当たりません。
　ポマードで艶々とした黒髪はオールバック、これもご丁寧に整えられた口髭。両端は少し上向きにカーブされており、まるでどこかの珈琲缶のトレードマークの絵柄さながらの風体です。付け加えるならば、口髭にはまばらに白髪が入り込んでいます。
　次に、当アラビアンナイト珈琲店のマスターについてのちょっと風変りな2点について紹介させてください。
　足元についてが、ひとつ目です。彼が着用していたのは老舗の珈琲店長が履いてしかるべき革靴ではなくスニーカーであり、数年前にマラソンで話題となったエアマックスを着用していました。
「全身ビシッと決めたいんですが、いやぁ足元は楽なのが一番ですな。流行りのときは、履こうとは思わなかったんですけどね、今試しに履いてみているんです。流行にそうそうに乗るには、ちょっとひねくれていますが、なんでも試してみるのが好きでしてな。これを機に走ってみてもいいかもしれませんな。ははは。」
靴に気が付いたお客様にマスターは鷹揚にこう答えています。スニーカーは様々なタイプを試しているらしく、また色調はオーソドックスな黒であったり、ときに目も覚めるような鮮やかな青色だったりと日によりこれもバラエティーがありました。しかし踵部位にスカルが施されていたのはいつも同じでした。スカル、つまり髑髏は、ある時は虹色のグラデーションで、またある時はアンチボルトの作品のように、花々や世界各地の珍しい植物で描かれていました。しかし、いつもスカル。
　この個性の発露は、猫の目線でない限り珈琲店の珍品的な照明や統一感を保った店内の調度品に視覚の注力は向き、ほとんどカウンター内で時を過ごすマスターの靴に気が付くことはまずないと思われます。
　当珈琲店マスターのもうひとつの特異な点は、もしマスターと目を合わせたのならば誰でも一目瞭然、即気づかざるを得ない類ものです。なぜならそれは顔の中央より少し上にあるふたつの目ですから。彫りの深い顔立ちをしたマスターの両目の瞳は、左右色が異なっていました。見る人によっては、不思議さや神秘性も喚起させるこの両の色彩の異なる瞳は、5万人に一人程の出現率と言われています。この身体的特徴は虹彩異色症とよばれており、動物たちにも見られます。みなさまも青色と黄、緑、橙色と左右異なる瞳をもつ風変りな印象をもたらす稀動物をお写真などでご覧になったことがあるかもしれません。中でも白猫における出現率は25%とも言われており、また古来日本でも片方の瞳が黄色、もう片方が淡銀灰色や淡青色の猫は『金目銀目』と縁起の良い猫、幸運を運ぶ猫、そんな風にも、奇なるものとして『金銀妖瞳』とも言われてたようです。照明を抑えた店内で、まるで此の世のものではないように、マスターの両の瞳はときおり不可思議なほど煌きを放っていました。
　珈琲店に新しくやってきたお客様が、老舗のもつ揺るぎない正当性、それから期待を裏切らない老舗の落ち着きと近未来感とが突飛さを感じさせることなく均衡を保った店内からマスターに視線を移すと、まずはじめに引き込まれるのが、マスターのこの異色の両目でした。
　以上がマスターについてお伝えしたい2点の特徴です。ここで、このお話を書くに至った背景と意図をご説明したいと思います。再度になりますが、以下のことをご理解いただける方のみ読み進めていただければと思います。
　この小説は、去る2020年7月に自死により地上を去り天界へと移動された有名な俳優さんが、当シリーズX版の新客X氏のモデルとなっております。

　しかし当作品は、この俳優さんが死を選んだ理由を追及しようとするものでも、また世の中に飛び交うネガティブな憶測を広げたり新たに作り出す目的で書かれたものではありません。あくまでも、有り余る才能でわたしたちを楽しませてくれた（ファンの方のご意見参照。”時に勇気や元気をくれたり、ドキドキさせてくれたり”と）この俳優さんへの冥福の祈りであり、そして彼の残した力を与えてくれる言葉の共有の場であり、また、ご本人のみぞ知る自死の理由からは切り放した状態で、広く現代における心の病、それから自死の特徴、そして中でも特に芸能人やアーティストの自死について考察したフィクションです。
　著名人の自死は少なからぬ影響を社会に及ぼします。わたしたちのより深い理解により、そのような悲しみが減りますように、また広く心が病みやすい人たちがもっと生きやすいようにという願い、それから安寧の祈りの物語であるとご理解いただけたる方のみ読み進めていただければと思います。長々とナレーションにお付き合いいただきありがとうございました。それでは本編をお楽しみください。＜ナレーション終＞

「いらっしゃい。摩訶不思議アラビアンナイト珈琲店へようこそ。あぁ、これはコンタクトレンズではありませんよ。これは先天的なものです。珍しいと思うかもしれませんが世界の中では結構いるんですよ。ほら、うちの猫と同じですよ。今日はあいにくどこかに遊びに行って店にはおりませんがな。」
マスターは、すらりと背の高い蒼白といえるほど色白の新客と目を合わせると、常々用意された説明ともとれる挨拶をした。新客の青年は、なるほど、了解しました、とアイコンタクトをした後、芽衣に案内された席につき悄然としてなにやら現状把握がままならない様子に見えた。
「本当ね、どこにいっているのかしら？きっとじきに戻ってきますわ。気紛れといったら、猫の特権。それでちゃんと、戻ってくるのも猫なのよね。」
ごくごく自然のていの芽衣に対し、翔子は唖然としたままだった。
「あ、あ・・X君、よね。」

②《ジャスミンの薫り》
翔子はピンク色の薔薇模様の珈琲カップを宙に浮かせたまま、驚いた猫のように目を見開いていた。新客は、知名度の高い俳優Xだった。ミーハーではない翔子だが、知性的で洗練されながら同時に野生的な香りをも漂わせるXを目の前にして、一種の高揚を覚えていた。
「いらっしゃいませ。こちらのメニューです。本日のコーヒーは、パナマ産ゲイシャと言って、ジャスミンの香りのする爽やかな逸品ですわ。」
「それでお願いします。」
「あら、即決ですわね。」
芽衣が微笑んでから、店内に静けさが広がった。そこに、ただマスターが禅の修行を終えた僧のような、心と身体と技能の統一感をもって珈琲を入れる音が響いた。

　余白の末、芽衣がマスターのいれた珈琲を運んできた。上品なメイド服は老舗珈琲店さながらで、芽衣が例の一瞬で相手の隅々まで温かく包み込むような微笑みを伴っていたのはいうまでもない。テーブルに丁寧に置かれた珈琲カップは華奢な作りで、スズランの花の形のカップは鮮やかな空色の細線で縁どられていた。
　爽やかな香がした。香りは脳の奥からあたりにひろがり恍惚を呼び起こした。生気を失った青白い青年の目の奥に、瞬息で幾分か赤々とした生命の火がともった。
「ありがとうございます。」
青年は花の香りの珈琲を口に運んだ。随分と精気が戻ったXではあったが、漠とした不安と現状把握がままならないことへの不可解さが混ざった表情に変わりはなかった。芽衣は包むような柔らかい口調で言った。
「そんな晴れないお顔をなさって、笑顔がお似合いですわ。どうぞひと息おつきになって下さいな。Xさん。」
青年は、X。かの有名な俳優だ。誰もが口をそろえて一流の人と言うだろう。普段ドラマは勿論、テレビでさえも大して興味のない翔子が認知したぐらいだ。数年前は、その若々しい美しさで多くのファンをうならせ、「神々しいまでの美しさ」と、ファンを魅了した。そして今大人の魅力も加わったXがここにいる。近年はミュージカルなどで歌唱力やリズム感を披露し、俳優としての実力の幅を広げていた。
　翔子は珈琲カップを未だ宙に浮かばせたまま言った。
「そ、そうよ、そんな若いのに暗い顔していたらもったいないわよ。若い時は二度とこないんだから。」
いつもは大人の落ち着いた翔子の声が、キーが外れたように甲高くなっていた。リアルなＸを目前に依然高揚が続いていたのだ。
「若さって、それだけで華（徳）なのじゃないかしら。まぁ、若さってものは失われて初めてその美しさに気が付くってものね。」
「僕は、ぼくは・・そんなにもう若くはありませんよ。」
まだ幾分朦朧としたような様子があり、青年の話ぶりは訥々としていた。翔子は宙で停止していたカップにやっと気が付き、思い出したようにテーブルに置いた。
「アラサーでしょ？存分に若いわ。ま、アラフォーも若い・・、わよね。人生100年の時代なんだから。これからの子たちは120年、それ以上って話もあるわよね。」
マスターは悦の表情を翔子に向けた。
「ほぉ、翔子さん、認識が随分と変わったようですなぁ。この店にやってきた当初はもう年よ、先などいらないしそんなものないわ、過去だって無に帰すのよとまぁ散々後ろ向きな発言でしたがなぁ。ははは。いやぁ、嬉しいですなぁ、一人が変われば、その周囲の10人が変わる。それでその周囲の100人も変わって行く。ははは。いいですなぁ、いいですなぁ。30代も40代もわたしからしたらお若い。そもそも若さは心次第。」

翔子は肘をテーブルにつき、顎を右手の指先に軽くのせた。
「散々、まだ若いってマスターや芽衣さんが言うから。いい洗脳よね。わたしって染まりやすいかも。ほんと、そう。歳だって嘆いても嘆きからじゃいいこと始まらないわ。嘆いてても希望をもっても同じように時間はすぎるわね。認識で時間の在り方が変わる、そんな簡単なことなのに、なかなかできなかったわ。」

マスターは、さりげのないようすでXを見た。Xは、黙々と珈琲を飲んでいる。

「時間が有限か無限か、それはわかりはしませんが、初めがあったのなら、きっとしまいもあるのでしょうなぁ。思うに、今のところ時間はまだたっぷりとある。ここ何年かは、”今日死ぬとしたら、何をする？”なんて問いかけが流行ってはおりますが、”逆に永遠に生きるとしたら、何をする？””永遠にこの瞬間を生きなければならないのなら、どう過ごす？”なんて問もあってもいいのかもしれませんなぁ。ははは。」

マスターは、陽気な雰囲気を作り出そうとしているかのように笑った。
「永遠？永久。そのようなものはあるのかしら。時間に始まりがあったのなら、終わりがある。それに、永遠という言葉があるのであれば、実存の可能性もある。つまり永遠が存在するのかもしれないですわ。一方で、物理学者は、時間そのものが幻想だというのですから、ますます迷路ですの。そもそも時間がない。うふふ。」
メイドの芽衣は、自然な悦からくる柔らかい笑みを浮かべながら、例の勉強中の科学の知識とやらを話しはじめた。

「若さは、心次第、それはわたくしも賛成ですの。

脳の神経細胞は、歳に関係なく新しく作ることができますわ。脳細胞は、年齢とともに大幅に減少していくって俗説があったようですけれど、実際は年齢に関係なく鍛え方次第で増えていくそうですの。BDNFという、脳由来神経栄養因子が関わっていて、これは脳内ですと、記憶を司る海馬に多く発現し、血液中にもありますわ。このBDNFは、神経細胞の発生や成長・維持、それから再生を促進するタンパク質で、脳の神経細胞を増やす、シナプスの形成を促す、その結果、記憶力や学習能力を向上させてくれますの。『脳の栄養』なんていわれることもありますわ。
つまりは、脳神経は加齢やストレスで壊れてしまっても、この脳の栄養因子のおかげで新しく発生しますし、それから成長するんですわ。
すごいことですわ。さしずめ、老化も幻想かしら。」
芽衣はやや興奮気味で熱気を帯びている。芽衣は人体、それから生命の神秘に魅了されているのだ。新しい科学的知見が発表されたと知るや、好んで文献を手にし、また医学書や遺伝学それから心理学などの本を傍らに置くのをオフの過ごし方としていた。
「ただ、そのままにしていたら、使わない筋肉と同様、老化にさらされた肌同様、衰えていくものですけれど、運動、それから適切な食事の日常の努力が伴えば、わたしたちの脳は活動的でいられるそうですの。」

翔子はあいずちをうち、Xは珈琲を味わっている。芽衣は、客の二人を気遣うようにしながら話しを続けた。

「お食事ですと、カマンベールのオレアミドという神経炎症制御因子が脳内のBDNFを増加させたそうですわ。これは、マウス実験ではなく、人での研究で明らかになったことですの。他には、高カカオのチョコレートもなども脳活性化にいいと実験で明らかになっているようですけれど、それは動脈硬化を防いだり、脳内の血流を増やしたりするかららしいですわ。それに、BDNFも増えることが確認されているそうですわ。

うふふ。ワインのおともにいかがかしら。」

「へぇ。そうなの？チョコレートなら、習慣化できそうｗ運動もいいのね。」

「筋肉トレーニングがいいというのは、最近の定説ですわね。それから、毎日の有酸素運動ですわ。」

「有酸素運動って、なんだか逆に老化しそうだけど、違うのね。」

「細胞内のミトコンドリアが活性化して、若返るそうですわ。

できれば楽しく毎日続けることで、BDNFが増えて記憶力や集中力それから発想力が向上、それに、創造性も大いに発揮できますわ。」

「うんうん、生命力が上がりそうではあるわね。身も心も燃えてる感じ。」
「きっと全細胞が生き生きと燃えてきますわ。

わたくし、これは大きな希望だと思いましたの。希望ですわ。思えば、そうですわよね、年齢を重ねても精力的に活動・活躍されている方がいる一方で、木の葉が秋に散るように生命力まで枯れ果ててしまわれる方もおりますわ。その分水嶺にあるものは、日々の小さな努力の積み重ね。そして、根底にあるものは、・・・・」
「知識ですな。」

マスターだ。今日はネルを使って珈琲を入れている。マスターはお客様によって、珈琲の淹れ方を変える。抽出に一段落ついたのだろう、こなれた集中の手をとめマスターが低音で決め台詞を言った。

「知識、これは、ばかになりません。広大な世界の扉を開く鍵となること、幾ばくか。すぐには、鍵とならなくとも千日の後にまるで暗号化キーを開けるように謎解きのカギとなることもある。

知るか、知らぬか、それが黒豆とゴマ、雲と泥、それからの天国と地獄の差を生むことがあるものですな。

そもそも、脳神経が増えるとは思っておらず、年齢だからとはなから諦めてしまっている人も未だおりますからな。希望のないところに、希望の芽はいぶかないもんです。」
「知を求めること、マスターの思想の真髄ですわね。真髄ではなくて、はじまりかしら？これも迷路になりますわね。うふ。いずれにせよ、世の中更新されていない古い科学の知識や偽科学でふり回されている人、けっこう多いのかもしれませんわね。」
「まぁねー、今の科学がてんで違うってことも考えらえるしね。だって、化学の教科書、かなり変わってるし。生物だって。

兎に角、歳だから、これは言い訳ってことね。見た目は風化に晒されても中身は自分次第。運動ね、運動。それから、ワイン、飲みましょう。習慣化が大切よね？あら、違うわ。カマンベールと、それからチョコｗこれなら、わたしでも継続できそうよ。」
「翔子さんったら。」

Xの口元が微かに笑みをのせた。いつの間にか、力強いとまではいかないが、目にも生気が戻ってきたようだ。

＊＊＊＊＊

＊＊＊＊＊☆彡

目をとおしていただき、ありがとうございました。週に１，２回更新の連載10回ものの短編です。良ければ珈琲ブレイクにいらっしゃってください。（相互フォロー目的オンリー以外の方は、フォローさせていただきます^^☆彡