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前回はわたしの母の「よかれ病」について書きました。
母の深い深い愛情がどこかでねじれてしまった「よかれ病」の話でした。
今回はそんな母に育てられ大人になった私の「よかれ病」の話です。

よかれ病って知ってますか?「あなたによかれと思って....」というアレです。私が勝手に「よかれ病」と呼んでいるのですが、これに長い間苦しめられました。

「よかれ」と言いながら、「よくない」ことをしているのに本人は全く気づかず、当然ながら本人に罪の意識がない上、さらに被害者に感謝を要求するという甚だ迷惑で厄介な病気です。

これは恐ろしいことに伝染します。

この「よかれ病」の被害者と加害者について今回は二回目です。

この「よかれ病」にはバリエーションが存在します。
前回は信念に基づき自分が間違っている訳がないという自信をもった強気な「よかれ病」でした。

今回の「よかれ病」では反対に弱気で自分に自信がない「よかれ病」です。
そのつぶやきをどうぞお聞きください。


「良い嫁でいなくちゃ」

「よい奥さんでいなくちゃ」

そうして若かりし頃の私は暮らしていました。
子供ができるまでは共稼ぎでしたが舅姑は毎年春と秋に泊まりに来ました。
家を拠点に関東圏に住んでいる親戚を訪ねて回るのです。
滞在は短くて2週間、長いとひと月近くいました。
その間、仕事して帰宅してから毎日夕飯を作り、大量の洗濯物をして
くたくたになりながらもお世話をしました。

新婚当初からこんな具合だったので世の舅姑はよく遊びに来るもんだと思っていました。嫌だと思いましたがおもてなしするのが嫁の務めだと思い込んでいました。

会社員をやめフリーで仕事をするようになるとほぼ専業主婦となり一日一緒に過ごすことになるのであちこち連れて出かけました。
「よかれ」と思って、どんなに疲れていても要望に応え良い嫁を続けました。

義姉からは用事があるとよく電話で呼びつけられました。でも仲良くしてくれている証なのかもと思い呼ばれると用事を済ませに行きました。
「よかれ」と思い、旦那さんのお姉さんの顔を立てに行きました。


時には叔父さん叔母さんからのプレゼント代だとお金を請求されました。子供がいなかったので世の叔父さん叔母さんは姪や甥に随分お金がかかるものだなと思ったものでした。いまなら抗議するところですが、そのころは共稼ぎで余裕もあったので言われるまま渡していました。それが良いことだと思っていたのです。

そのころの私は新しい家族との関係を良くしたいと思っていたのでした。
そして、良いお嫁さんだと思われたかったのです。

母の「よかれ病」に散々嫌な思いをしていたので、してもらうより「してあげたい」と心から思っていました。
「してあげたい」という気持ちが「しなければならない」にすり替わっていたことにも気づかず、一生懸命尽くしました。

田舎に帰省した時など、舅は親戚とお酒を飲みながら息子の家で自分の息子はいかに良くしてくれるかを自慢していました。
「本当にうちの息子は良くしてくれる。」
その時はうれしく思いましたが一度も嫁が良くしてくれるとは言いませんでした。自分の息子が立派だからそういう嫁が来て当たり前だという感じでした。

旦那さんが褒められるなら良かった、と思いつつも「全部私がやってるんだけどな」とつまらなくもありました。

親戚の伯父さんには「子どもはまだか」と嫁の心得を何時間もお酌しながら黙ってニコニコ相槌をうちながら聞きました。子どもが出来ないのは私のせいのような言い方で、しかも今ならセクハラそのもの。でも、ハイそうですね、分かりましたと良い嫁を通しました。

途中誰か助けてくれないかしらと思いましたが、皆それぞれ忙しそうで、また酔っ払いの相手は任せたという様子でした。

よく知らない親戚の中でひとりぼっち、皆とうまくやらなきゃ、と神経をすり減らしながらもそれが嫁の務めだと思っていました。

さて、時は流れて私が変わったかといえば、ますます「よかれ病」に「やらねばならない病」が併発していました。

私はみんなが楽しく過ごせて、「ありがとう」を言ってもらえればそれで満足でした。

でもこんな小さな願いもなかなか叶いませんでした。「よかれ」と思ってやったことが相手にとっては「やって当たり前」になっていたのです。

本来なら相手が自分で出来ることにもかかわらず、代わって出来ないと謝る始末。自分の家なのに、ゆっくり出掛けておいでと言われると、分かりましたと外出する。私がいるとゆっくり出来ないのだな、と思い、本来なら私こそ自分の家でゆっくりしたいから早く帰って欲しいのに、よかれと思って我慢する。

本当に「よかれ病」とは恐ろしいものです。

さらに私の親は娘をとても大切に思っていましたから、「良い嫁だと喜んでもらえている」と思い込み嬉しそうでした。だから当然大切にされていると思っていたのです。

親の期待も裏切りたくありませんでした。

「しあわせよ。みんなと仲良くやっている。」と話し、よかれと思い、自分にも親にも嘘をつきました。

お分かりでしょう。

この「よかれ病」は「自分以外の人」によく、「自分は蔑ろ」でよかれなのです。

このよかれは前回のよかれとまた違うパターンの「よかれ病」です。

馬鹿みたいだと思うかもしれません。

でも当時の私はそれなりに幸せだと勘違いしていました。これでみんなが幸せなんだもの、そう思いながらも本当の心の奥の奥、奥底の心は苦しかったのです。

そして「無知」でした。当然おかしなことなのに強引に納得していたのです。

この場合、無知は罪です。自分を傷つけ大事にしない要因となっていたからです。人を傷つけることは犯罪です。でも自分を傷つけることもきっと犯罪と同じなのです。

それは子どもが小学校に入りPTAの役員を引き受けた時にできたママ友達の会話で気づきました。

みんな驚きました。そんなことあり得ない、と。私こそ驚きました。みんなそうではなかったのか、と。

そして少しずつ、本当の自分の気持ちに気づいていったのです。

客観的に自分をみるということの大切さを知リ始めたのでした。


続きます。

長いのにお読みいただきありがとうございました。

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