『春と私の小さな宇宙』 その9
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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ハルが校舎を出ると日は沈みかけ、辺りは濃い紅色に包まれていた。
夕焼けが束の間の輝きを放っている。羽ばたくカラスが半円の太陽をバックにシルエットをつくっていた。 夕日の背景に黒く染まり、その黒をより際立たせる。
「ハルゥ、遅いよ。待ちくたびれたよう」
校門を出たところでアキが待っていた。相当、待ちくたびれたのかげんなりしている。 ハルと一緒に帰るため、わざわざ待っていたのだ。
「ごめんなさい。あいつのせいで足止めされてしまったわ」
「あー、イトえもんかあ。あの人の話、長いもんね。あたしは面白いから好きだけど」
ハルはイトえもん嫌いだもんね。そう言ってアキは歩き出す。ハルがあいつという単語を口にしたときは、たいてい伊藤のことだとアキは知っていた。
校門の外は歩道と車道の境がない道路で、立ち並ぶ住宅地との間を塀が区切っている。 朝と夕方は特に人の通りが多く、ときどき車が通るため、ほとんどの人間は道の端を歩く。
ハルもアキに続いて横へ並び、いつも通り適当に話を合わせながら道の端を歩いた。
トラックがその横を走る。 赤く染まった道に、電柱の影が長く伸びていた。
しばらく歩くと坂があり、二人は笑いながら下っていく。アキの明るい笑顔がハルを照らす。どこか暗く、冷たかったハルの顔が自然とほころんだ。
二人そろって下校するのが、小学校からの日課であった。 ついと、ハルの脳内に過去の映像が浮かび上がった。ついさっき起こった出来事のよう に、鮮明に。
――あの時も夕焼けの校門だった。 多くの生徒がランドセルを背負って帰路についていた。 運動場の端に植えられた桜の木が満開に咲いていた。散った花びらが夕日を纏い、サー モンピンクに色づく。
当時は下校の時だけ、列をつくって、並んで帰る風習が無かった。高学年になるにつれ て、委員会やクラブなどで下校時刻が遅れることがよくあるからだ。
まだ校内に残る者や早く帰りたい者など、ばらばらに帰っていた。当然、ハルはすぐに帰る者だった。
「あたしを置いていかないで!」
小学四年生になった頃だった。アキは涙を浮かべてそう言った。 ひどく上擦った声だった。
ハルは疑問に感じていた。先に委員会が終わったから先に帰ろうとしただけなのに、なぜ泣いているのだろう。
二人で帰ることに何の意味があるのだ ろう。
アキは溜まった涙を散らしながら想いを訴えた。
あたしたちは親友なんだから一緒に帰らなきゃいけないの!
一緒に帰るまでずっと待ってなきゃいけないの!
理解できなかった。なぜか、胸が締め付けられそうな感覚に襲われた。 アキはいつもハルにべったりくっついていた。 ハルはそれがなぜか嫌いにならなかった。
不思議な感覚だった。
一体なんなのだ、この私を惑わす生物は。
私はどうしたらいい? 足も思考も止まり、ただ途方に暮れていた――
なぜ今頃……。
「あ~ハル、また人の話の途中で考え事してる! 絶対、聞いて無かったでしょう!」
アキの言う通りだった。正確に言えば最初から聞いていなかったが。
「そんなことないわよ・・・」
アキは何の話をしていたのだろう。 瞬時にハルは数分前の記憶をピックアップする。意識しなくても会話はしっかり記録さ れていた。完全記憶能力はこんな時にとても便利なのである。
「・・・あなたの友達の彼氏が浮気していた話でしょう? けれど、その子も実は浮気していて結局、別れたら無事に解決した。よかったわね」
ハルは完璧な返答をした。
「う~ん、信用できないな~。ハルは空耳も完全記憶してるし、それ、思い出した後に答えてない?」
正解だ。やはり勘がいい。
その質問に「ノー」と証明できない以上、反論する余地はなかった。 彼女を前にすると、完全記憶能力はもはや不便でしかない。
「・・・」
ハルは熟考した。 素直に昔のことを思い出していたと言おうものなら、喜び騒ぐに違いない。 それはそれで面倒だ。
ここはアキ取扱説明書を開くべきだろう。ハルは脳内でペラペラとページをめくる。
そこには『ウソがばれた時は上目遣いで見つめて謝るべし』とあった。
説明書に従う。 ハルはアキの目線よりやや下に顔を下げ、そして、見つめる。
「ごめんなさい・・・」謝罪する。
すると、アキは両手で口を覆い、感激する。
「可愛いから許す!」
ちょろいものである。
「あたしこそ、ごめんね。ハルが恋愛系の話、興味ないの知ってるのに! こんな話しばっかりして・・・」
「いいえ、あなたがいると気が楽になるわ。ありがとうね、アキ」
「ハ、ハルがあたしの名前を! と、尊い!!!」
ノックアウトである。
いともたやすく落ちたアキは、ウソのことなど遠い過去のようであった。 ハルは頭の中で一息つく。
何とか乗りきった。彼女はやはり要注意人物だ。計画を気付かれる可能性が高い。高確率で秘密が漏れるだろう。それだけは避けなければならない。
悪い人間ではないが、彼女はおしゃべりが過ぎるのだ。 一人の人間に知れ渡れば、あっという間だ。
もし、ばれれば実験は中止、裁判沙汰はまぬがれない。 アキの近くにいるときは気が抜けない。
冷静に平常に。
慎重に事を進めなければ。
続く…
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