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『僕と私の殺人日記』 その5

※ホラー系です。
※欝・死などの表現が含まれます。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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わたしは今朝、ユイカちゃんと会った田んぼを目指す。
座っていた畔の反対側に標的が いる。目的地に着くと、根気よくその生物を探す。投げた後の着地点は大体覚えているけ ど、当然、移動しているだろう。田んぼの中もよく観察する。すると、少し遠くの方で耕し た土がもぞもぞしているのを発見した。

「いた!」

間違いなく標的だった。田んぼに降りてわたしは駆けった。柔らかい土の感触がする。 固まってはいるけど、もろくて足を取られる。靴がどんどん汚れてしまった。

「逃がすか」 潜り込もうとする標的をわたしは鷲掴みした。それは手足をじたばたさせた後、自慢の甲羅へ首と一緒に引っ込んだ。 そう、あの時のカメだ。捕獲に成功したが、ここでは足場が悪いので、一旦、畦道に戻る。 靴が土で茶色に染まっている。帰ったらきれいにしなければならない。明日は学校なのだ。こんな汚れた靴で行ったら笑われ者になる。そんなのは嫌だ。

気を取り直して、カメを見る。硬い甲羅に身を潜めて、完全防御の構えだ。さっき、ユイカちゃんに勝った戦法で窮地を脱する気だろう。

「そうはいくか」 リベンジマッチだ。
ユイカちゃんの仇はわたしがとる。持っていたサバイバルナイフを 甲羅めがけて振り落した。硬質音がして、その衝撃が刃から手に伝わる。確認すると、ち ょっと傷がついたくらいだった。 やっぱりチョキはグーに勝てないみたいだ。それでも諦める気はなかった。今度は柄を逆さに持ってみる。逆手持ちにして柄を両手で力いっぱい握った。その状態で甲羅に刃先を突き立てる。さらに全体重を乗せた。

渾身の一撃は見事、成功した。あれほど硬かった甲羅が豆腐のように突き抜け、中身の標的を貫いた。死んだみたいだった。その証拠に引っ込んでいたカメの手足や首が甲羅の穴から力なく垂れてきた。

大きなナイフにカメが団子のごとく突き刺さっている。抜こうとしたが、抜けなかった。甲羅にがっちりはまっている。まるで聖剣が岩に突き刺さっているようだった。勇者しか抜けないやつだ。 わたしは焦った。ナイフの刺さったカメを地面に置いて、甲羅に両足を乗せる。柄をし っかり握って曲がった足を精一杯伸ばした。これで抜けなかったらハンマーか何かで甲羅を割らなければならない。

「抜けろー!」

スッポン。奮闘の末、ナイフは無事に甲羅から脱出した。その勢いでわたしは尻もちをついてしまう。お尻が痛かったけど、ナイフが取れてほっとした。 わたしはゆっくり立ち上がる。まさに聖剣を引き抜いた勇者の気分だった。 ここまで手を煩わせたお礼をしてやろう。甲羅から垂れているカメの首に刃を滑らせる。とても簡単に切り取れた。切断面から体液が流れ出ている。

「首、打ち取ったり!」

ナイフを持っていない方の手で、カメの頭部をお空に掲げた。わたしの聖剣は見事、友だちの仇を取ったのだ。わたしはしばらく勝利の余韻に浸った。

気分がよくなったわたしは神社へ向かう。こんな田舎には、神社くらいしか行く所がないのだ。それに普段はだれもいない。だからナイフの試し切りにはちょうどいい。 死んだカメに用はないので、田んぼに捨てた。やがて土に還るだろう。

神社はわたしの家がある山とは別の山にある。おとなりの山だ。名前はわからないけど、 杉じゃない普通の木がたくさん生えている。 激戦に勝利したわたしの足取りは軽い。スキップしながら神社へ向かった。途中、田んぼに水が流れているのが見えた。どうやら、今日が池の水を落とす日らしい。明日から田植えが始まるようだ。

神社の山に着くと、鳥居が見える。階段が高くまで続いていて、気が遠くなりそうだっ た。 一段、一段、踏みしめて歩く。高く昇った太陽が白い石階段を焼いている。階段から照り返した日が下からも輝いていて暑い。時折、階段にかかっている木陰がわたしの火照った身体を冷やしてくれた。

なんとか境内までたどり着く。神社の下で休憩することにした。案の定だれもいない。 わたしは影になっている場所を探した。縁側の辺りが、いい感じに日光を遮っていた。そこに寝転がる。ときどき、涼しい風が吹いて心地いい。ナイフはそばに置いた。 両手を枕にして、目を瞑る。木の葉のざわめきや鳩の特徴的な鳴き声が聞こえた。

わたしはこの神社が好きだった。自分が自然の中に溶け込んで、嫌なことが小さくなって消えるのだ。一生このままでいたいとよく思う。


続く…



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