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『春と私の小さな宇宙』 その72

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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不思議な気分になったことを思い返したハルは、そっと、目を開ける。

「あの時は大変だったわね。ハルが死んじゃったかもしれないと思ったら、倒れそうになったわ」

「勝手に殺さないで」

「ごめん、ごめん。でも、肝を冷やしたのは本当よ」

アキは笑いながらも、あの時の光景が網膜に貼りついていた。

――いつも通り待ち合わせしていると、友人の一人から電話があった。どうせろくでも
ない恋愛話だろうと軽い調子で出たが、話の内容を聞くにつれて、顔が青ざめた。

『ハルが事故に巻き込まれた』

アキは話の途中で電話を切った。いつの間にか足が全力で地面を蹴っていた。聞いたところ、トラックとバスが正面衝突する大事故だそうだ。もし、ハルの身に、お腹の赤ちゃんに、――あるいはその両方に――なにかあれば……。

身の毛がよだった。
教えてもらった現場に到着すると、誰かが呼んだのか多くの救急車やパトカーが駆けつ
け、周辺の交通整備、人命救助が行われていた。

呼ばれてもない人々は少し離れた場所で群れ、写真や動画の撮影に精を出していた。

見世物じゃない! 群衆の中をアキは掻き分けて進んだ。好奇心で作られた人の壁が、
親友を侮辱されたように感じた。

自分がここまで人に嫌悪感を抱いたのは祖父母が死んだ時以来だった。自分はまた、交通事故で大切な人を失う。

涙が止まらなかった。鈍った足取りで人ごみの先頭にたどり着くと、おなかが膨らんだ親友が担架で運ばれていた。

力なく横たわれ、生気のない顔がアキの神経を激しく揺らがせた。

アキの存在に気付いたのか、ハルの目が薄く開く。ただ立ち尽くすことしかできなかった自分と、目が合った。

彼女のとても不器用でぎこちない微笑みが目に映る。

アキにはわかった。

これは彼女にとって精一杯の笑顔なのだと。

いつもの愛想笑いではなかった。心配はいらないと言っているようだった。

救急車の中に運び込まれていく。サイレンの音響が空気を震わせ、重なる人の壁を退けた。

警笛とともに小さくなる救急車をアキはいつまでも見つめた。ハルの拙い表情を想い、心を打たれた。

彼女はついに……。

ただひたすら親友の無事を祈った――。


続く…


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