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『春と私の小さな宇宙』 その46

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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これは実験だ。

私はようやく気づいた。 たぶんハルが第三世代だからだ。外の世界にはほとんどいない人間である。珍しいために実験されているのだと私は解釈した。

悪魔のような実験が有無も言わせず続行される。 映像の上映を中止したかったが、自分の意思で止められなかった。

この映像は記憶そのもの。
ハルの体験した出来事は壮絶なものだった。 ハルの記憶が私に容赦なく植え付けられた。ハルの目線で見ているせいか、あたかも自分が実験を受けているようだった。

全身から血が噴き出さなかったのが不思議なほど、過酷な実験が聴覚以外の感覚で再生された。

研究員の男が身体にシールを貼った。それにコードがつながれている。コードの先にスイッチがあり、男が握っている。男の親指がスイッチを押した。 その瞬間、感じたこともない激しい痛みが身体中に走った。細く尖った無数の針でわず かな間に何度も刺されたみたいだった。

想像を絶する痛みだった。 途中で頭が真っ白になった。脳が焼けて機能を停止したように感じた。実験が終わってからそう思った。

映像が切り替る。 男が注射器で腕に何かを注射した。途端に痛みが湧き上がった。皮膚の表面ではない。 身体の内側が熱く、焼きただれるような痛みだった。内臓が溶けて消えてしまったのではないかと本気で考えた。額に熱がこもり、手足がしびれて動かない。

ごめんなさい。

ごめんなさい。


私は必死に謝った。何も悪いことをした覚えはない。それでも謝った。謝れば止めてくれるとかすかな望みを願った。

これはハルの記憶。

当然だが、過去が変わることなんてない。だから謝っても止まるわけがなかった。

だけど、私は何度も、何度も、何度も、何度も謝った。

ハルにも謝った。

昔、こんな思いをしていたのに、私はこれまで全く気づきもしなかったのだ。

あのバスの時に流れた映像。異質な闇が私の身体を蝕んでいく。静かで冷たくてとめどなく溢れ出す黒い何か。一本の白い線がすべてを切り裂いて、私を襲う。

あれはハルがこの記憶を思い出していたからにちがいなかった。ハルはその凄惨な思い出をイメージにして、私に伝えてくれたのだ。

精神の奥底で悲鳴を上げていたにちがいない。 私はそのサインに気づけなかった。

こんな子供でごめんなさい……。

繰り返す痛みの中で強く謝った。

早く終わってほしいと祈った。

祈りが通じたのか実験は終わった。私の精神は壊れかけていた。

研究員の男が近寄る。 不気味な笑みを浮かべていた。 男の顔がはっきりと映った。

ハルをいじめた男。


お前だったのか、イトウ!




ハルはD棟に向かっていた。教授室に行くためだ。

空は薄暗い雲に覆われており、太陽 を拒絶しているようだった。熱を生む日差しが固く閉ざされていて、冷気が好き放題に空間を飛び交っている。

白い息を吐きながらハルは教授室に到着した。部屋に入ると教授と助教授が机の前に座っていた。

「すいません。教授、論文の件でお話があるのですが少しよろしいですか?」

「いいとも。何かね?」

「私の遺伝子を提供しようと思います」

その瞬間、助教授の宮野の肩がわずかに動いたのを、ハルは見逃さなかった。

「おお、そうか、協力ありがとう。では、その方向で話を続けよう」

教授の伊藤は豪快に笑って、機嫌よさそうにしていた。得意の無駄話を始める。宮野はパソコンで資料を作成しているようだが、確実に聞き耳を立てているのがわかった。明らかにキーボードを打つ手が遅い。

「おや、宮野君。そろそろ講義の時間じゃないのかい? 時間に正確な君が珍しいね」

伊藤が冗談めいた顔で宮野に話しかける。

「そ、そうですね。少し資料作成に夢中になってしまいました」

宮野は席を立ち、ボリボリ頭を掻きながら教授室を出て行った。

ウソだな。宮野の癖を見てハルは誤魔化していると見抜いた。

妻のミチコもウソをつくとき、耳を触る癖がある。わかりやすい夫婦だとハルは思った。

「・・・で、本題に入ろうか。何の用かな?」

伊藤の顔つきが変わる。さっきまでの冗談めいた表情は消え、鋭い眼光をハルに向けた。

それはT大の教授ではなく、かつて機関の所長をしていた研究者の目だった。


続く…


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