見出し画像

「おおかみこどもの雨と雪」の農業描写はけっこう正しいという話

先日2021年7月2日、地上波にて「おおかみこどもの雨と雪」が放送されました。本作品は人気作ではあるものの、「作風が気に入らない」「色々美化しすぎ」「農業描写がありえない」といった声がちらほら聞こえてきます。気に入らないとか美化しすぎとかは個人の感想なので口を出すつもりはありません。それは自由です。でも、農業描写についてはまあまあ正しいのでは?と思っています。よく指摘されているのは、

・農業なめすぎ、いきなり初心者があそこまでできない
・トマトが枯れたのにじゃがいもはうまくいく不思議
・じゃがいもの栽培時期は春~夏では?
・ジャガイモの収穫は葉が黄色くなってからでは?
・ジャガイモの収穫は茎を引っ張るだけではダメでは?
・ジャガイモの葉が小さすぎる。成長不良では?
・種いもは切っただけで埋めたら腐敗するだろ
・トマトなんてそうそう失敗しないだろ
・大根はあんな綺麗に出来ない

でしょうか。一応、これらは合理的に解消できます。僕は基本的に映画監督などは自分より賢いと思って描写を解釈することにしているので、きちんと科学的に説明がつくならそちらを推したいですね。細田守監督はこれらの点についてはモデル地とされる富山県で取材したのであろうと考えています。

前提:花と雪と雨の畑は黒ボク土であると考えられる

まず前提として、土壌の話です。作中の一見すると奇妙な部分も、この地域の畑が黒ボク土だと仮定するとほぼ全て解消します。黒ボク土とは、火山灰土(関東ローム層)の表層に発達する黒くてほくほくした土です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E3%83%9C%E3%82%AF%E5%9C%9F

海外に多い黒土(チェルノーゼム)とは全く違う、少し扱いづらい土壌です。黒ボク土は、関東ローム層のような赤土に、木や葉、一説には縄文時代からの焼畑による炭などが結合した複雑な土壌です。火山灰土に有機質が複雑に結合した組成上、次のような性質を持ちます。

・水もちはまあまあ、水はけは良い
・三大栄養素(窒素・リン酸・カリ)のうち、リン酸を取り込んで離さない
・あまり固まらず、常に柔らかさを持つ
・何もしなければ栄養素は少ない

ちなみに、作中でご近所さんが「生きていくのにあんまり楽な土地じゃないからな」「水はけは悪いし」とこぼしています。これは黒ボクと矛盾するようでそうでもありません。黒ボク土は関東ローム層のような赤土の表面に発達しますが、赤土自体は透水性がほとんどない、極めて水はけのわるい土です。一方で、赤土は踏み固めると生活道や家の土台になります。対して黒ボクはふわふわしすぎて交通には不便で家の土台にはできません。従って、黒ボクの発達する地域では、畑には黒ボク土を残すかむしろよそから集め、家や庭や道路には赤土を露出させることになります。他に選択肢はありません。そうなると、畑だけは水はけがよく、その他の場所は水はけが悪く水溜りだらけ、となります。

黒ボク土では農作業が比較的楽

黒ボク土は、日本中のどんな土よりも耕起しやすい土です。柔らかく軽いので、耕運機を使わなくてもなんとかなります。耕作放棄地ではちょっと固まってはいるでしょうが、一度耕せば元に戻ります。

黒ボク1

おおかみこどもの雨と雪(細田守,2012)
以降特に記述がなければ、画像は同映画より。

そういう意味では極めて初心者向きです。これが花崗岩質のマサ土や流紋岩質の古生層だと、重いし固いしで大変、毎年耕す必要があります。

黒ボク土は根も張りやすいので、うまくやれば大根は作り放題です。岡山の蒜山高原の「ひるぜん大根」はまさにそれで、土壌が柔らかいので簡単に収穫できます。ジャガイモを掘り出すときも、茎を引っ張って収穫できる可能性はあります。もちろん、後で取り残しを探す必要はありますが。

というわけで、
・農業なめすぎ、いきなり初心者があそこまでできない
・ジャガイモの収穫は茎を引っ張るだけではダメでは?
・大根はあんな綺麗に出来ない
は黒ボク土ならある程度説明つきます。まあ、それでも都会っこの花ちゃんの苦労は相当だと思いますが。

黒ボク土では実モノ野菜は難しい

農業を始めて、最初にトマトを作ったのに失敗していましたね。これもありえる話で、一般的に初心者向きとされる野菜は
・トマト
・ジャガイモ
・サツマイモ
・ナス
・ゴーヤー
・青じそ
・ナバナ(菜の花)
・スイスチャード(普段草)
・葉ねぎ
・ニラ
などです。劇中では腹の足しにするという意図があるのでとりあえず葉もの野菜を除くと

・トマト
・ジャガイモ
・サツマイモ
・ナス
・ゴーヤー
ですが、黒ボク土ではジャガイモとサツマイモ以外は難易度が高いのです。黒ボク土には「リン酸」肥料を吸着してしまうという性質があります。リン酸肥料は一般に花肥えと呼ばれ、花をつけて実をつけるときに大量消費します。実を食べる「トマト」「ナス」「ゴーヤー」どれもうまくいかないのです。力技で化成肥料や大量の鶏糞などをやれば収穫できるんですが、肥料代がかさんでしまい、これは本末転倒です。従って、韮崎のおじいちゃんが選んでくれた「ジャガイモ」という選択肢は、地元の人だからわかるほぼ唯一の選択肢だったのでしょう。ちなみに、トマトを失敗した時点で恐らく7月くらいであり、この時期にはサツマイモのツルは絶対に手に入りませんし、甘みのあるサツマイモは野生動物に一番やられる対象なのでいい選択肢ではありません。

というわけで、
・トマトが枯れたのにじゃがいもはうまくいく不思議
・トマトなんてそうそう失敗しないだろ
は黒ボク土ならある程度説明つきます。

黒ボク土でのサツマイモはおいしくない

ちなみに、黒ボク土は保水性があり、ある程度肥料成分もあるので、サツマイモには不向きです。正確には、よく育ちますがおいしくない傾向にあります。サツマイモのイモ部分は、子孫を残すための大事な組織です。サツマイモは水や肥料が足りないと、来年のために大量のデンプンと糖を蓄えようとします。逆に、水や肥料が豊富な環境で甘やかすと、将来を楽観してあまり熱心に栄養を蓄えず、イモの数だけ増やします。そうしてできたイモは、味が薄く、時に土臭く、水っぽいものになりやすいのです。

トマトとジャガイモはいろいろな意味で相性が悪い

さて、トマトは他の意味でもオススメできません。トマトとジャガイモはともにナス科であり、害虫や病気が似通っているため、同じ土地で連続して栽培すると収量が減ったり枯れたりする「連作障害」が起こります。さらに、トマトはカルシウムをかなり消費しますが、カルシウム肥料として使われる「石灰」「苦土石灰」は土壌をアルカリ性に傾けます。カルシウムがないと、尻腐れ病にかかり、実は食えず、株も弱ります。そしてトマトは非常に肥料食いです。通常栽培では1週間に一回の化成肥料か、2~3週間に一回の鶏糞などの有機肥料を必要とします。そして水が大好きで、あるだけ吸おうとします。

ジャガイモはというと、カルシウムはトマトほどいりませんし、土壌がアルカリ性に近づくと「そうか病」のような病気に罹りやすくなります。肥料もそれほど欲しがりません。水はほどほどでよく、高い畝をつくって水から離さないと腐ります。

黒ボク5

このように、同じナス科でありながら畑の作り方は正反対です。トマト用に畑を作ってしまうと、しばらくはジャガイモにとって死の大地になってしまいますので、トマトに執着するのは賢くありません。韮崎のおじいちゃんのチョイス、光っていると思いませんか?

ちなみに、キャベツは黒ボクとほどほどに相性がよいです。さらに、キャベツの天敵であるセンチュウは、大根を作ると被害が緩和され、大根の後にキャベツを作るのは賢い手です。ご近所さんのチョイスもなかなかです。

というわけで、
・トマトが枯れたのにじゃがいもはうまくいく不思議
・トマトなんてそうそう失敗しないだろ
はこういう説明もつきます。

ちなみに、花崗岩質、粘土質な地域では、土が肥えてなくても肥料をしっかりやれば大量のトマトが収穫できます。我が家では化成肥料を2週間に一回程度でこんな感じです。土地次第なんですね。

トマト20210711_200344

ジャガイモの栽培技術

最後はジャガイモの栽培技術そのものについてです。ジャガイモは寒冷な北海道では一期作のみ(春植え夏収穫)ですが、中間地では二期作(春植え夏収穫&夏植え晩秋収穫)できます。富山県では当然二期作可能です。花ちゃんは春植えはできませんでしたが、畑作りの最中にエノコログサが生えている様子から言っても7月、8月中に畑作りを終えたようです。ススキは秋のイメージですが、ススキは秋ではなく夏に穂を出すのでエノコログサとススキの穂が同居するのは別に不自然ではありません。ススキはこのあと1ヶ月で穂をたれ、お月見に使えるようになります。

黒ボク2

黒ボク3

中間地では8月下旬~9月初旬が秋ジャガイモの植え付け期なので、ここに間に合ったのでしょう。この場合、収穫期は11月下旬~12月初旬です。おすそ分けに行ったときには柿の木の葉も落ちているので描写とも合います。

黒ボク6

さて、よく言われるのが種イモを切ったら切り口に灰をまぶすか2~3日陰干しにするべき、という意見です。これはまあその通りなのと、もっと言うと秋ジャガの植え付け時期は気温も高く雨も多いので、小さい種イモを選んで切らずに植えるのが一番だと思うんですが。一応擁護するなら、韮崎のおじいちゃんが後で「1週間は切ったイモを陰干しして乾かしておけ」って伝言してくれてれば完璧ですが、これはちょっと描写不足だと思います。

黒ボク4

あと、切ったジャガイモを袋に入れたままにしておくと、ジャガイモ自身の呼吸で蒸れてしまい、下のほうは全部腐っちゃうぞとは思いました・・・

最後は収穫時期です。ジャガイモは土の中なので収穫期はわかりませんが、重要な目安は葉の色が黄色くなったり枯れ始めることです。この時期になれば収穫が確実です。ですがもうひとつ大事なのが、「なるべく水分の少ない時期に収穫する」ことです。

黒ボク5

ジャガイモは冬に保存性が必要ですが、水分を大量に吸った状態で収穫してしまうと、なかなか乾燥しません。数日間晴れが続いた後に収穫するのがベストなので、もう少し待って秋雨がつづく時期に入るより、早めに収穫するのもアリだと思います。

というわけで、
・じゃがいもの栽培時期は春~夏では?
・ジャガイモの収穫は葉が黄色くなってからでは?
はある程度説明つきます。
・種いもは切っただけで埋めたら腐敗するだろ
はちょいミスですかねぇ。

肥料を抑えた栽培のメリット

あと、葉が小さいのはしょうがないかもしれません。窒素肥料を抑えると、植物の葉は小さくなる傾向にあります。ですが、窒素肥料を減らすことは特にジャガイモ栽培では好ましいことです。

窒素肥料は使いどころが難しく、使いすぎると色々弊害があります。特に、窒素過多が続くと
・窒素によって植物体が肉太り状態になり、虫害に弱くなる
・植物体だけ大きくなり、イモに栄養がいかなくなる
・硝酸態窒素が植物体に蓄えられ、食味が落ちる
といった弊害があります。

よく、無肥料栽培で「味が良くなった」「虫に食われにくくなった」という報告がありますが、実際にはそれ以前が窒素肥料のやりすぎで、土壌中の窒素が減ったことで適切な環境になっただけ、ということが多いのです。

作中では腐葉土だけすきこんでいるようですが、ジャガイモはアレで十分です。見た目は貧相になりますが、ジャガイモの芋本体はむしろよく太ります。

というわけで、
・ジャガイモの葉が小さすぎる。成長不良では?
はある程度説明つきます。

まとめ

いかがだったでしょうか。土壌の性質は日本全国で異なり、作中で見られた農作業は地域に根ざした農業方法であると考えると辻褄が合います。僕は、細田監督はよく描写していると思います。黒ボク土は日本全国に点在しているので、探してみるのも面白いかもしれません。ちなみに、黒ボク土は火山灰と有機物と縄文時代からの野焼きによる活性炭の複合体であるという説が提唱されており、調べてみると面白いですよ。

Screenshot 2021-07-15 at 21-06-56 日本の土 - Google 検索

ではまた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?