余白のある街、プラハ。「広場、pavláč、そして芸術」
ため息すらつけないような東京の日々から逃れて、海外旅行。
最初に訪れたのはチェコの首都、プラハだった。
直前まで忙しかったからか、久しぶりの海外だったからか、なんとなく実感がわかないままプラハ空港に着陸してしまった。
着いたのは夜。
夜景を見てもイマイチ感動できない自分に、「旅行の楽しみ方も忘れちゃったのかな」と不安を憶える。
空港まで迎えに来てくれていた友達とともに、バス、メトロ、路面電車を乗り継ぎ、友達のいとこの家へ。
そこで迎えてくれた友達のお姉さんと、3人で食卓を囲み晩御飯。
話は盛り上がり、3つの言語が僕らの間をびゅんびゅん飛び交う。
よかった、楽しい。
海外にいると自分に素直で居られる気がするし、やっぱり英語で話が通じた時の嬉しさは格別だった。
「海外旅行の醍醐味は、言語も文化も違う人々と新しく知り合うことだよなあ」
などと思いながら、ぼんやりとシャワーを浴びた。
翌朝、ソファベッドで目を覚ます。
目蓋を開けると、窓の外の景色がちょうど目に飛び込んできた。
ハッとした。
見えたのは裏通りに面するただのアパート。
色とりどりの壁はどこか薄汚くて、窓枠のデザインは明らかに昔のもの。
でも、いや、だからこそ、それらが背負ってきたプラハの歴史やヨーロッパ独特の美学が感じられて、思わず「うわあ」と声が出た。
朝ごはんをすませて、ワクワクしながら外に出る。
案内は友達姉妹に任せっきりで、僕は路面電車の激しい運転に負けないよう必死に手すりにつかまりながら、できるだけ街の様子を目に入れようとする。
なにせ全てが日本と違う。
「あー、東京とは〇〇が違うよね」なんて安易なことを言えないような、言ったらなにかを見失ってしまいそうな、たぶん“文化”と呼ばれるものの重さを僕は感じていた。
街を巡っているうち、僕の頭にある疑問が浮かんだ。
「プラハって、どういう街なんだろう?」
今まさに目の前に見ているにも関わらず、僕にはプラハという街が一体なんなのかわからなかった。
ビルはないが、住宅街というわけでもない。かといって、観光街と呼べるほど派手ではない。
強いて言うとすれば「絵に描いたような美しい街」。
東京の渋谷や浅草、新橋などの街とは明らかに違う、一口に「〇〇の街」と言い切れない面白さ。
まるで絵が現実になったかのような、どう認識して良いのかわからない困惑が、僕の頭に鎮座していた。
お昼すぎ、ベトナム料理店で遅い昼食を食べようとする頃。プラハの街がようやく輪郭を持ってはっきりと見えてきた。
プラハの街には、広場とpavláč(中庭)と芸術があった。
それらが「余白」となって、プラハの街を“生かしている”。
僕の目にはそう映った。
建物に囲まれた道を歩いていると急に視界がひらけて、「広場」に立っている。
目的地が他にあるのに、僕はふとそこで立ち止まりたくなってしまう。
京都みたいに区画を四角く区切るという発想では、到底生まれなさそうな空間。
僕にとってただの通り道にすぎない場所に果物市場やレストラン、フェスティバルがあり、集まってきた人が買い物をしたり、食事をしたり、音楽を楽しんだりしている。
通りに開かれた門をくぐると、3、4階建ての建物にぐるっと囲まれた空間がある。それが「pavláč(中庭)」と呼ばれるもの。
誰でも入っていい場所で、広場と同じくレストランがあったりコンサートが開かれていたりする。
pavláčの中には、入ってきたところとは別の道に繋がっているものもある。
そういうpavláčを進んでいくと騒がしい表通りから一変して、静かな住宅街が現れたりする。遊び心というか、子供心というか。そんなものに満ちた空間。
魔法の町と呼ばれるらしいプラハの、その所以を感じられる。
これまで紹介した広場にも、pavláčにも、プラハの街のいたるところにはあるものが欠かせない。芸術だ。
存在感をもって点在する銅像や絵画は本当に綺麗で、ただ眺めていることでさえも価値があるように思えてくる。
街で見る芸術のなかには「何だかよくわからないな」と言いたくなるものもある。殊に、チェコ語を読めず歴史的背景を知らない僕には、そんな「わからない」がほとんど。
しかし、その「わからない」がなんとも心地いい。銅像を見上げて馬鹿っぽく開いた口で、「なんかよくわからないけど、すげぇなぁ」と言えることは、とても幸せなことだ。
プラハの街には、広場と中庭と芸術があった。
広場やpavláčは空間的余白を、「わからない」芸術は「わかる」を重視する世界において認知的余白を、それぞれ作り出す。
僕が見たプラハは、「生きている街」。
なにものにもカテゴライズされず、一面を取り出して見ることもできない、豊かな街。
それは、余白を交点に多様な人々が関係を紡ぐことで生まれていた。
余白が、多様な人々の居場所を作っていた。
余白のある街、プラハ。
またここに帰ってきたい。
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