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【小説】不思議なTELのアリス 第1話 黒電話の向こう側【毎月20日更新!】

 暖かな日差しの入る部屋、開けた窓から風がふわりとピンク色の小さな花びらを運んできた。それを拾い上げた彼女は窓の外を見つめた。遠くに生えている桜がここまで来たのだろう。

「アリスちゃん。荷解きは順調かしら?」

 アリス、と呼ばれた彼女は部屋の入り口を振り返った。

「おばあちゃん。そうねー、ぼちぼち?」
「ちょっと休憩しましょ。美味しいねクッキーいただいたのよ。アリスちゃんと食べようと思って取っておいたの。とっても可愛い缶に入っててね」
「えー、食べる食べる。おばあちゃん先行ってて」
「お紅茶入れてるからね」

 祖母のゆっくりとした足取りが心なしか嬉しそうだ。アリスは立ち上がって部屋を見渡した。まだまだダンボールが何個も積み重なっていて、床には広げた荷物が散乱している。
 春からアリスは大学生になる。行きたいと思っていた大学がここから通うと近いため、部屋に空きがある祖母の家に下宿する形を取ることにした。それに、一年前に祖父が亡くなり一人で住むこととなった祖母が心配だったので丁度良かった。
 アリスは部屋を後にして廊下を進んでいく。古びた床板は時折ギィと鳴き声のような音をあげている。廊下にはその音と足音だけがしていた。
 ある部屋の前でアリスは立ち止まった。この家で1番好きな場所、祖父の書斎だ。祖父の私物で溢れ返った、秘密基地のような場所。祖母はいまだにここを残しておいているようだった。
 知らない、見たことない物でいっぱいの部屋はアリスにとってとても興味深くそそられる空間だった。よく遊びに来た時はここに入り浸っては祖父に色々教えてもらっていた。みんなはガラクタ部屋と言っていたが、アリスはそんなこと思わなかった。

「おじいちゃん、入るね」

 ゆっくりとアリスは部屋に入った。人が滅多に入らない部屋になってしまったせいなのか、空気が少し埃っぽくて鼻をむず痒くさせた。祖父がいつも座っていた椅子はもの寂しくそこに置かれているだけだ。
 机に置かれた黒電話に手を伸ばした。番号の書かれたダイヤルを適当に触ってみる。ジーコ、ジーコ、音を立ててダイヤルが動いていた。よく黒電話をおもちゃのようにして遊んでいたことが思い出される。
 部屋の空気はあの頃と変わらない。それだけで何故だかホッとした。
 アリスはそっと離れて部屋を出て行こうとした。
 ジリリリリリン、けたたましい音が背後で鳴り響く。鳴るはずのない音。
 アリスは肩をビクッと跳ねさせながら振り返った。先程いじった黒電話のことを見つめた。電話線は繋がっていない。なのに何故か電話が鳴っている。
 恐る恐るアリスは黒電話に近づいて、上に乗っかったままの受話器に手を伸ばした。持ち上げた受話器からズシっとした重みを感じた。

「も、もしもし」

 それを耳に当てて声をかけた。声はしない。
 アリスは相手からの返事を待った。

「あの、もしもし? 聞こえますか?」
『カスデ ウドンホレテ シモシモ』
「え? なんて?」

 聞き慣れない言葉の羅列に思わずアリスは聞き返してしまった。しかし、次の瞬間、目の前がぐにゃりと歪んでしまう。耐えられなくて目を瞑り、目からきた一時的な頭痛と闘った。
 弱まる痛み、手のひらに何かが触れているような違和感からゆっくりと目を開ける。そこには祖父の私物の山などなく、そもそも祖父の部屋などではなくなっていた。
 目の前には風でなびいている青々とした草、原っぱのような場所で所々で花が咲いている。遠くには林のような影がぼんやりと見えている。

「え、え、なに、ここ」

 手のひらに伝わる草のチクチクとした感覚もこれが夢ではないと教えてくれているのだろう。夢ならばどんなによかっただろうか。
 目の前を風が通り過ぎ、ピンク色の花びらがふわりと舞っていく。導かれるようにその花びらを追って後ろを向くと野原にポツンと家があった。
 暗めの色の煉瓦造りで、だけども屋根は瓦っぽく、入り口のランプはおしゃれな西洋式に見えるが、建物を囲む柵は竹っぽい。洋風の中に和風が取り込まれるちぐはぐさが不思議だった。
 入り口の上の方に大きく看板が掲げられ、そこには『堂翻蓮輝』と書かれている。

「どう、ほん、れん、かがやき? なんじゃこりゃ」

 難解な看板に首を傾げながら、とりあえず座っていても何もならないと思ったアリスは不思議な建物に入ってみることにした。
 鉄でできたハンドルを握り恐る恐る扉を引いた。上に取り付けられたベルがカランカランと音を立てている。
 髪を後ろで括っている人物がこちらを振り返って目を丸くさせた。女性だろうか。

「おや、珍しいお客さんだね。ようこそ。テレホン堂へ」

 声が女性にしては少し低めで長い髪の男性なのだろうか。性別がわからない。ただ、とても顔の整った人物だとアリスは少し見惚れてしまった。

「あ、えと、あの、ここは」
「とりあえず中にお入り。歓迎するよ」
「し、失礼します」

 中はちょっとしたカウンターがあり、奥の方にはレトロな黒電話や家に置いてあるような固定電話が並んでいるのが少し見えた。

「君、気がついたらここにいたんだろう」
「なんでそれを」
「たまにいるんだよ。迷い込んでしまった人がね」
「私もといた場所に帰れますか?」
「大丈夫。帰れるよ。テレホン堂はそういう店だからね」
「テレホン。外の看板はテレホンって読むんですね」
「中々ハイカラな名前だろう? あれは気に入ってるんだ」

 輝蓮翻と書いてテレホンと読む、看板に書かれた文字列は当て字だったようだ。それにアリスが普段読み慣れた文字とは逆から読むようだった。少し時代を感じる。

「おっと、自己紹介がまだだったね。私はここの店主、テル。君の名前は?」
「私はアリスです」
「アリス。いい名前だ」

 テルはアリスに手招きをして店の奥へと案内をした。テルの背中を追いかけると、そこには様々な電話が置いてある部屋だった。黒電話はもちろん、見たことある固定電話、公衆電話、芸人がネタで使っていた方にかけるタイプの電話、スマートフォン、ガラパゴスケータイ、見たことない古い電話、古びた糸電話、などなどが置いてある。

「これ、全部電話ですか?」
「そうだよ。ここはありとあらゆる電話を繋げることができるからね。君のいた世界にもちゃんと繋がるはず」
「わぁ〜。すごい」

 見たことないものもあってアリスは興奮した。初めて祖父の部屋に入った時のあのドキドキする気持ちがまた味わえるなんて思っていなかった。

「ここから行きたい世界の電話で通話すると繋がるんだ」
「電話を使って、繋がるんだ」
「そう。ただし、気をつけてほしいことがあってね。かかってきた電話をとってはいけないよ。その世界と強制的に繋がってしまうからね。きっと君はかかってきた電話をとってしまったんだろう? だから絶対にとっちゃいけない」

 テルが念押しをするように言った。しかし、アリスの手にはガラパゴスケータイが握られていて、耳にそれを当ててしまっていた。

「おっとぉ、言ったそばから君は」
「とったら、いけないんだっけ?」

 テルからの返事を聞く前にアリスの目の前が歪んでしまう。テルの声も段々と距離ができたように霞んで聞こえなくなってしまう。
 アリスはぎゅっと目を瞑った。

(つづく)

第一話担当 白樺桜樹


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