【小説】傘と共に去りぬ 第4話恋心の堕星 【毎月20日更新!】
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いつからそこにあるのか知らない。興味もない、誰にも気づかれていないのか転がるビニール傘が俺を苛つかせた。
5月/美輪隆明
人間の価値はどこにあるのか、それを問われたどう答えるか。善人的解答は、価値はひとそれぞれにある、と言うだろう。あぁ、優しい答えだ。じつにくだらない甘い返答だと俺は思う。人間の価値なんて顔か金の二択だ。もしくはその両方、それ以外の答えはコーヒーにガムシロップをたっぷり入れて苦みを消すくらい邪道なものだ。
「あんまり落ち込むなよ、な」
そう言って俺の肩を叩いてきたのは、佐田将司という男だった。こいつは優しい、何事にも余裕を感じられるほど穏やかであり、さり気なく気遣いできる。いわゆるできる男だ。
「落ち込んではいない。世の中にある不条理を俺は許せないだけだ」
「不条理って大げさすぎるって、振られたのは仕方のないことだったよ」
「仕方ないことなんてない。あの女、人のことを顔見て鼻で笑って、あげくは『お金持ってなさそうね、お金持ちになったら考えてあげるわ』と言ったんだぞ。なぜそんな侮辱を受けねばならん」
机をこぶしで叩き憤る俺を「まぁまぁ」と佐田は両手で制する。右手にグラスを掴んで一気に飲み干して喉を潤す。
「でも、美輪も少しことを急ぎすぎたところがあるよ。まだ学部が同じになって一週間しか経っていなんだからさ、お互いのこともよくわからないのにいきなり告白したんだからさ」
微笑みながら言う佐田の言葉に俺も心を落ち着かせる。
「思い立ったが吉日、という言葉あるように赴くままに行動することこそ最善の結果に繋がるかもしれないだろう。善は急げ、とも言うし」
「あー、うん。意味があっているかは置いといて、美輪のそういう直球な考えは嫌いではないよ」
「なのに、開口一番あの女は『あんた誰』だぞ。ふざけんな、挨拶は毎日していたのだから顔くらいは覚えているだろう。それとも何かイケメン以外の顔は認識できない頭の作りなのか」
一度は落ち着いたはずの怒りが再び盛り返してきて体が熱くなっていく。机の上を何度も叩いてしまう。
「落ち着きなって、少し焦りすぎただけだよ。ほら、事を急いては仕損じるとも言うし」
その言葉に俺もたしかにと納得してしまった。佐田は人を諭すのがうまいな。
「そういえば、さっきから気になってたけどビニール傘どうしたのさ」
話題を変えるかのように聞いてきたのは、俺の隣に置かれた星形のアクリルチャームが目立つビニール傘だった。
「ここに来る前に拾った」
短く答えてグラスの氷の解けた水を飲む。
「拾ったって、誰かのじゃないのか。そんなアクリルついてるし」
心配そうに聞いてくるので俺は笑ってしまった。
「道路に落ちてたんだから、いらなかったんだろ。捨てられていたのを拾ったから問題ないさ、それにビニール傘なんてどこにでも売ってるだろ」
「そっちじゃなくて、その星形のアクリルチャームは」
「そんなもん関係ないって。どちらも不要だから捨てられていた、大事だったら捨てない。傘の価値も人間の価値も同じくらいしょうもないさの」
俺は笑いながら空になったグラスを持ち上げて酒のお代わりをする。しこたま飲んで振られたという事実からさっさと逃れてしまいたかった。
川のせせらぎと虫の声が心地よさを醸し出し、気分をさらにいいものにしてくれる。
「佐田、最高にハッピーな気分だぜ。見ろよ、そこの川。清流って書いてあるだろう、今から俺が汚水にしてやるよ」
「酔いすぎだって美輪、いいから歩けって送っていくから」
そういう佐田の言葉を聞かずに俺は橋の欄干近くによってズボンのベルトを外そうとした。ただ、指がうまく動かなくてモタモタしていると佐田が止めに入ってくる。
「おまえ、ちょっとやめろ。それは良くないぞ、子供じゃないんだからもう少し場所をわきまえろ」
そう言って俺を羽交い絞めしよとした。必死に抵抗する俺はなりふり構わず暴れた、そのとき夜空に星が流れたように見えた。酔いどれの瞳ながら確かに見たのは星形のアクリルチャームをつけたビニール傘が川にむかって飛んでいく姿だった。
(つづく)
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