パリこでかけ モン・サン=ミシェル編(パリ節約自炊生活番外編)
もっとも“パリこでかけ”に相応しい場所、「モン・サン=ミシェル」に遂に行ってきました。古くはケルト人の聖地であり、修道院建設後はカトリックの巡礼地として栄え、英仏100年戦争時には要塞として使用され、フランス革命時は監獄となり一時荒廃するも、(ノートルダム大聖堂と同様に)ヴィクトル・ユゴーが世論を動かしの修道院として復活し、第二次大戦時はノルマンディー上陸作戦をそっと見守ってきたこの地は、1979年にフランスで初めて登録された世界遺産であり、湾の独自の生態系からラムサール条約の登録地でもあり、まさに「西洋の驚異」の二つ名に相応しい場所です。
私がもっとも驚いたのは日本人観光客の多いこと多いこと。以前パリ三大老舗百貨店編で紹介した様に、パリの街中観光客といえば中国の方が圧倒的ですが、モン・サン=ミシェルだけは主要な観光客が日本人で大変驚きました。日本人がなぜこの地に惹きつけられるのか、正確な答えは分かりませんが、島の様子を紹介しながら考察してみました。
ちなみにこの日は、午前中快晴、午後土砂降りという天気のため、残念ながら後半の写真は暗めですが、写真満載でお送りしますのでぜひ“こでかけ”した気分でお楽しみください。
◆モン・サン=ミシェルへはツアーが便利
パリ観光の際にモン・サン=ミシェルも絶対外せない!という方も多いと思いますが、パリ市内とモン・サン=ミシェルは車や電車利用で370Km離れており、日本で言うと東京・仙台間を移動する事になり、片道4時間以上掛かります。電車では果てしない為、バスツアーをお勧めします。バスツアーは複数の旅行会社が催行していて、私も今回は日本語ガイド付きの日帰りバスツアーで赴きました。
旅程はほぼどこの旅行会社も一緒で以下の通りです。
7:20 集合、出発。途中休憩で村に寄る
13:00 島の対岸到着、ランチ付きツアーorフリープランに別れて観光
16:45 集合、出発。途中休憩でドライブインに寄る
21:30 パリ市内到着、解散
日帰りツアー以外に、モン・サン=ミシェルで一泊するツアーもあります。「移動に時間が掛かる割にモン・サン=ミシェル滞在時間が4時間弱なんてもったいない!」と思うかもしれませんが、島はかなりコンパクトで、観光してゆっくりランチしても時間を持て余すくらいだったので、体調に不安がなければ日帰りツアーを選択した方が、限られたフランス観光の時間を有効に使えるかなと個人的には思います。
◆途中に寄るノルマンディーの美しい村
休憩のついでに20分程度の自由時間で訪れた「ノルマンディーの美しい村」(村の名前をメモし忘れた…)。100m程の商店街を20分休憩の間に全て見学できる程こじんまりとした村ですが、10月でも花が咲き乱れ、小川には鴨がツガイで泳ぐ、とても美しい村で心を奪われました。賑やかな喧騒に包まれるパリで生活していると、このノルマンディーの村の美しさや人々の暖かさが心に沁みます。短時間の滞在でしたが、とても良い経験でした。
もちろんお土産を買う事もできます。この先の島やドライブインは“観光地感”が強くなってくるので、せっかくならこのこじんまりと暖かい村で名物のチーズやシードル(りんごの蒸留酒)や塩を調達される事をお勧めします。
◆モン・サン=ミシェル到着!してもさらにシャトルバスで移動
いよいよバスがモン・サン=ミシェル到着!と思いきや、バスは島の対岸までしか接近する事ができません。以前は対岸とモン・サン=ミシェルを繋ぐ道路が築かれていましたが、潮の流れを妨げ砂が堆積し急速な陸地化が進む環境破壊が起きたため、橋は取り壊され2014年に現在の潮の流れを妨げない橋が築かれました。バスや自家用車は島まで行く事ができなくなった代わりに公営のシャトルバスを利用して島まで行く事ができます。このシャトルバスは5~15分間隔で巡回していて、狭い橋を往復する為に両側に運転席が設置されている優れものです。対岸から島までは1.8Kmと意外と距離が有るので、シャトルバスは島へのライフラインとなっています。
◆ついにお出まし!
どーん!息を飲む神秘的な美しさです。元々三角形だった島に沿って築かれた修道院と周りを取り囲む街並みが、こんもりと海に浮かぶ姿は言葉では言い表せない荘厳さです。
更に近づくとケルト人が神聖視したと言われる岩山が露わになります。本当にこの島は三角形の岩山の上に築かれたのだなと実感する事ができます。
ちなみに、欧米の方には湾を歩いて島に到達するツアーの方が人気だそうで、この日も沢山の方が裸足で湾を歩いていらっしゃいました。湾を歩くツアーはすなわち中世の巡礼道を辿るツアーであり、気づきや視点も更に深い感慨に満ちている事でしょう。(ただし多いに汚れるので相当な覚悟が必要です)
◆島内に侵入!
島の入口をすぎると、狭い坂道の門前町が広がります。お土産物屋さんやレストランが軒を連ね活気があり、京都清水寺の門前通りや台湾九份を彷彿とさせます。
島の入口すぐ横には、モン・サン=ミシェル名物オムレツ発祥の地であるラ・メール・プラールというレストランがあり大人気で行列しています。その昔、プラール夫人が長旅で疲れた巡礼者をふわふわのオムレツでもてなしたという伝説からとても有名なお店ですが、①島内の他のレストランでも同じようなオムレツは提供している、②東京有楽町の国際フォーラムに同名のレストランがあり同様のオムレツを提供している、という2点から、行列しているこちらのお店でランチをいただく誘引は弱いです。
何故かラ・メール・プラールのクッキーもお土産として有名で積み上がっています。
◆修道院に到達!
細長い坂道と階段を通って島の頂きに聳える修道院に到達です。教会ではなく修道院である事と、物資の運搬が概ね人力である事から、造りは重厚で簡素、まさに質実剛健なイメージです。華美なステンドグラスやパイプオルガンや大理石装飾は無いものの、石積みの壁面や様々な建築様式が融合した柱や壁面の朴訥とした美しさがあります。
こちらの写真は低層階の広間で、その昔は命辛々たどり着いた巡礼者をもてなす場所だったそうです。車道で潮の流れを妨げるまで、この島は潮の満ち引きが激しく多くの巡礼者が犠牲になり、「モン・サン=ミシェルに行くなら、遺書を置いて行け」という言い伝えがあったそうです。そのような厳しい状況の中辿り着いたこの広間は、どれだけ心の安静を得られる場所だったことでしょう。
◆とか考えていたらお腹減るのでランチ!
修道院を巡っているうちに大雨が降ってきたので、近くのレストランで昼食です。写真上はモン・サン=ミシェル名物のオムレツ、写真中はブルターニュ地方名物のガレット(そば粉のクレープ)、写真下は同じくブルターニュ地方名物のシードル(りんごの醸造酒)。
ブルターニュ地方は雨や霧の多い土地柄、フランスでは唯一積極的にワイン用のぶどうの栽培を行っていない地域であり、その代わりにシードルの原料となる小型のりんごを栽培し、シードル(醸造酒)やカルヴァドス(蒸留酒)として嗜んできたそうです。パリ市内に沢山営業しているクレープ屋さん(Creperie)でもシードルは定番の飲み物となっています。
モン・サン=ミシェル名物のオムレツは卵白をふわふわに泡立てたボリューム感のある一皿。すぐに萎んでしまうので、温かいうちに一気にいただくのがコツです。
◆日本人はなぜモン・サン=ミシェルに惹かれるのか?
前述の通りもっとも驚いた事は、もはや海外旅行市場ではマイノリティになりつつある日本人旅行者が、厳然たるマジョリティである中国の方に比べてこの島だけ突出して多かった事です。その理由はいくつかあると思いますが、個人的に推察すると…
一つ目に日本人は「わざわざ行った」が好きと言う点が挙げられると思います。(もちろんすべての方では無いですが)中国の方にとっては「いい写真を撮る」事や「主要な観光地を多数巡る」事が旅行の中で重要視される一方、日本人は「わざわざ行った」経験や、経験に対する友人知人からのフィードバックが重要視される為に、他の観光機会を犠牲にしてもモン・サン=ミシェルに行く誘引が強くなる日本人が多いのだと思いました。
二つ目に日本人は、近年流行しつつあるダークツーリズムやお遍路にも見られるように、旅行を一種のdiscipline(訓練・鍛練)と捉える傾向が強いのでは無いかと思います。観光は本来「その地の光を観る」と言う意味であり、光があれば影があるので、旅行を単に「有名な場所に行って写真を撮る為の娯楽」と捉えるのではなく、わざわざ苦労して行ってその地の歴史や背景や文化を知る、と捉える日本人が多いのでは無いかと思います。
前述の通りモン・サン=ミシェルは、聖地であり修道院であり要塞であり監獄であり世界遺産でありラムサール条約登録地であるわけです。フランスは革命の国ですが、為政者は否定すれども、その築き上げてきた城や宮殿は活用することで、今に続く素晴らしい文化遺産を守ってきました。そのフランスの文化や性格が大変良く現れているのがモン・サン=ミシェルであり、その地に心惹かれる日本人もまた、過去から受け継いだものを上手く使い続ける心やわざわざ行く事に価値を見出す心を持っているのでは無いかと思うのでした。
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