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『愛の不時着』の女性に見る脱ジェンダーステレオタイプ

普段私がよく見るのは主にアメリカのドラマだ。それも、現実にありそうな話ばかりを好む(ちなみに大好きなのは『This Is Us』)。そんな私が初めて韓国のドラマ、それも現実にありえなさそうな設定のストーリーを見て、ハマった。その理由の1つが、女性の描かれ方が新しかったことだ。

(ちなみにこれから書く内容は個人的な感想である。「こんな見方をする人もいるのか」という観点で読んでいただけると幸いだ。また、一部ネタバレ注意)

「強い」だけでなく、多面的に描かれた女性たち

まず、ストーリーに出てくる女性はだいたい強い。日本のドラマで強い女性と言うと、「バリキャリ・怖い・孤独」というのが定型で、観る側にどこか痛々しさを感じさせる描写だ。そういうキャラクターはどんな場面でもその「強いキャラ」で、とても一面的に描かれている。私はどちらかと言うとその「強い」側の人間だが、そういうキャラクターを見るたびにいつも息が詰まるような違和感を覚える。なぜなら、どんな状況でも強く突っ張った自分でいることなどないからだ。

しかしこのドラマの女性主人公、ユン・セリはさまざまな顔を見せる。部下に対して超高飛車で威圧的かと思えば、北朝鮮のコミュニティでは仲間に対して情の深いところを見せ、1人のときには不安や心細い顔も覗かせる。男性主人公リ・ジョンヒョクの婚約者ソ・ダンもそうだ。基本的にツンとしているが、婚約者を訪ねたスイスでは不安ながらも彼に一生懸命ついていく。また恋愛経験の少なさを指摘されるとムキになるような幼稚な面もあり、ほかの女性を追う婚約者に傷つき涙する。基本的に強い女性たちが、その「強さ」から連想されるステレオタイプな姿だけではなく、さまざまな面を見せることで、感情に素直に向き合っている点がとても人間らしく、非現実的な設定ながらもその姿はとても現実的だと思えてしまうのだ。

また、男性に対して媚びた態度を取ることがないのも見ていて気持ちがいい。たとえばユン・セリはロマンチックなシーンでもたいてい現実的なコメントを返している。「か弱き守られる立場」として傷ついて言葉を返せないことはないし、感激のあまりただ抱きしめられて立ちすくむこともない。自分が感じたこと・考えたことを自分の言葉で返す姿が描かれており、そこに「強さ」が表れていると感じた。この「強さ」は、いわゆる「バリキャリ・怖い・孤独」みたいな浅はかなイメージで描かれるのとはまったく違う。

カップルのチームワーク感

そう、このドラマは単に「男性が弱い女性を守る」という王子様的構図ではない。前半は北朝鮮が舞台なので、リ・ジョンヒョクがユン・セリを守り、彼女自身もそれにときめいている。しかし後半、ソウルが舞台になると、今度はユン・セリがリ・ジョンヒョクを守る。もちろんリ・ジョンヒョクはユン・セリを守るためにソウルに来たのだし、実際に窮地を救うのだが、彼女は「自分のことは自分で守る」と彼に伝える。さらに、地位や経済力を駆使して、ときには身体を張って彼を守るのだ。また、リ・ジョンヒョクが仕事をするユン・セリを傍らや家で待つシーンも印象に強い。

また、どちらか(たいては女性側)が自らの人生を投げ出して一緒になってめでたしめでたし...という結末ではなく、お互いのキャリアや生活を尊重しながら(まあそうせざるを得ないのだが)も一緒に歳を重ねる方法を見つけたという結末もいい。

ドラマ全体を通して印象深かったのは、「どちらかがどちらかを一方的に守る/支える」「どちらかが自らを犠牲にする」といった均衡を欠いたカップル像ではなく、お互いが支え合う「チームワーク感」だ。恋愛ものというとどうしてもカップル間の力の不均衡などが当たり前に(ときに美談として)描かれるなかで、このドラマはチームとしてのカップルを描いた点がとても新鮮に思えた。

ジェンダーバイアス的文脈がない

「女性だからこう」というバイアスに基づいた描写がないのもいい。実際、ユン・セリの父親が財閥の後継者に指名するのは長男でなく彼女だ(ちなみに長男は「僕は長男なのに!」と何度も言い、昔ながらの価値観とのうまい対比になっている)。また、ユン・セリは30代半ばということになっているが、「もう30過ぎ」だの「結婚・出産はまだか」だのといった文脈が一切ない。ただ、事業で成功した人間として描かれているだけだ。

最も印象に残ったのは銃に撃たれて破れたリ・ジョンヒョクの軍服をユン・セリが縫うシーンだ。その際ユン・セリは「こう見えて私はアジアのファッション界を動かしてる人間よ」と言う。ファッションの専門家だから縫うのであって、どこかの政治家が思いつきそうな「女性=裁縫ができる」などという化石時代の発想ではないことがさらりと挿入されているのだ。正直私はこのシーンを見たときに、「こんな女性でも裁縫するシーンか」と思って内心ゲンナリしたのだが、その直後このセリフに拍手を送りたい気分になった。

私は普段から多様性についてよく考えているため、ドラマや映画を観る際もその描かれ方を非常に気にする。それゆえ、細かいところに引っかかってしまい楽しめないことも多いのだが、このドラマのヒロインの描かれ方には感動すら覚えた。ストーリー展開も面白かったが、それ以上に見ていてとても気持ちが良いドラマだったと思う。

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