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新装版 A.P.ルリヤ著『言語と意識』(金子書房)レビュー その1

この話題は古くて新しいーそれが私の率直な感想だ。特に現在多くの人が関心を持っている機械が人間のように会話や思考ができるようになるのか?という命題に対してより深く考える手がかりを与えてくれるだろう。

人間の場合言語発達においてキーポイントになるのが、カテゴリー化であり、コード化でもある。

例えば私達が「りんご」といった場合イメージするのは大半の人は下の絵のような赤くて丸い果物だろう。

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しかし、人によってはトキなどのような黄色いりんごかもしれない。大きさなども人によってバラバラだろうし、さらに言えばそこから連想することは多種多様だ。

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それでもりんごという音のつながり(=コード)が大体どのような物かある程度共通する意味(木になって一定の食感や味がする果物)を抽出できるからこそ、私たちは言語を介してコミュニケーションができる。

さらに言えば、このりんごという単語はこの意味が通じる場(この場合は日本語が通じる人達の間)なら時間や空間を共にしなくても意味を共有できる。これも人間が他の動物よりも多くの情報を蓄積できる理由だ。

だからどんなにりんごということばを知識としてインプットしても意味や使い方まで規定する必要がある。機械にそれを教えることがとても難しい、という研究が昨今発表されているし、興味がある方は以下の本を読んでみるといいだろう。

そして、人間がことばを話す時口腔などを操作して発話するという自発的行為がどのように育っていくか、子どもたちがことばの背景にある意味をどのように捉えていくか、という話題も子どもたちへの観察実験やその結果及び考察を述べている。

その洞察の鋭さと的を射た内容に「ああ、やはり天才はお見通しなのですね!」と感服するばかりだった。

ただ、こうなってくると私たちは何を感じてことばを理解したとみなすのだろうか?といった疑問が生じる。また、話す際にもどこまで自発的な意図を持っているのか?(例えばコンピュータから発することばは自発的なのか?)という話にも思いが至るだろう。

この辺りは文章の産生とも深く関わってくる。長くなりそうだからまた改めて書きたいと思う。

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