「いい母親になりたい」と思っていたけど
いい母親になりたい。
子を産んで1年と半年、ずっとそう思っていた。
育児は怖い。とても怖いのである。長くて、お金も時間も莫大にかかり、目処がつかず、何が起こるかわからない、人ひとりの人生がかかった、壮大なプロジェクトなのだ。私は母として、この命を幸せに導ける器になりたい。
そしてなるべく間違えたくない。「もしも」も事前に把握しておきたい。
そう思っていたので、書店の目立つところに平積みされていたこの本を見つけた瞬間、私のアンテナが大きく反応した。
正直なところ「どうしてこの本がPickupされてるんだろう。こんなにニッチなジャンルなのに」と思った。育児中の私はともかく、ほとんどの人が興味を持たないテーマでは?
発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年間
読み終わった今の私は、この本を「何十年、何百年読みつがれてもおかしくない、誰にとっても必要な本」だと言い切れる。なぜなら本書は、自閉症児育児を通して、「他者を理解する」とはどういうことかを教えてくれる本だったから。
本では、自閉症児育児に奮闘する「母」の葛藤(17年!)が綴られている。いや、「葛藤」という一言でまとめてしまえるものでは到底なかった。
まず、自閉症は、思っていたより何倍もやっかいだった。自閉症児は「叩かれたら痛いでしょ?だからお友だちにもやっちゃダメだよ」が理解できない。この世には対話テクニックや他者理解のテクニックは数多く紹介されているけれど、どれも「そもそも」の話が通じることが前提だ。自閉症児と向き合う365日は違う。想像力が及ばない個性がそこにあり、その個性に対し、わからないままゼロから対峙していく。
そんな過酷な状況に、ひたむきに向き合う「母」は、凛々しくて強かった。もちろん、大変で、残酷で、つらい。何度も間違え、失敗し、投げ出したくなり、絶望し、すり減る。健常児の親に嫉妬もする。
だけど間違えてもつらくても、投げ出したくても、「母」は決して諦めなかった。投げ出さなかった。立ち止まらなかった。逃げたり目を逸らしたり、見たいように見たりせず、あらゆる可能性を探しに行く。思いつく限りのトライアンドエラーを繰り返す。ちゃんとすべてを直視し、内省し、変えていく。読んでいるこちらがヒリヒリするほどの痛みも正面からくらい、痛がり、それでも前を向く。前に進む。その姿に圧倒された。
諦めない強さだけじゃない。努力の方向を途中で変えられる柔軟さも凄い。
これは障害が分かった時の「母」の第一歩だ。まず最初に選んだ努力は、健常者との共存だった。
決心した後、早速さまざまな行動を起こす「母」。だけどそのすべてがうまくいかない。たとえば息子はトイレのジェットタオルの音を過剰に嫌がるが、将来それでは不便だからと練習させようとしていた。だけど症状はまったく改善されず、どうもうまく進められない。
そのことを医師に相談すると、「そんな練習すぐに辞めなさい」と大きな声で制される。聞けば二次障害をきたす可能性があるらしい。(二次障害とは、発達障害の特性を理解してもらえずに家族から注意や叱責を浴び続けることで別の問題が出てしまうこと)
「母」は反省し、努力の種類を変えた。ジェットタオルのないトイレマップを作り、ジェットタオルを生活から排除した。
我慢を身に付け、”普通”に適応させるための努力から、息子にとっての”最善”を模索する努力に変えたのだ。目線が「他者」や「社会」から「息子自身」に変わった瞬間だった。
こういうことを、「母」はずっと繰り返した。努力を選び、失敗し、探し、また選び、また失敗する。何度も、何度も繰り返した。17年間。
なんか、なんというか、人が変わるにはこれしかないよなぁと思った。目の前の課題をちゃんと見て、努力の方向を決めて、やってみて、失敗すること。この繰り返しなんだよなぁ。そもそも課題、ちゃんと見れてるかな、私。見ようとできてるかな。
課題に向き合い、得られたこと
何度も何度も他の子どもと比べて落ち込んでいた「母」は、最後はもう比べなくなっていた。今、目の前にいる手強い個性を心から愛していたから。
そしてそれにより、思いがけない結末が待っている。何十年もつらくて険しい育児の末にあったのは、実は「母」自身の開放だったのだ。これ、本当すごかったなぁ。鳥肌が立った。
他者のありのままを受け入れられるようになったとき、同時に自分のありのままも受け入れられるようになるのかもしれない。そしてそれは、もしかすると人としてもっとも幸せな状態なのかもしれない。
読了し、数日がたったある日、ふと、いい母親を目指すのはやめようと思った。というか、自分を「いい母親」だと思える状態ってちょっと怪しいかもしれないと思った。
いい母親だと思える日が来なくてもいい。その時々でかける言葉や判断を間違えたっていい。それよりも、葛藤し続ける母親でいよう。葛藤しながら、目の前の個性への愛を積み重ねよう。
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