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「心の疲れをとる」という言葉に拒否反応がある人へ

正直にいうと、読む気がしなかった。

この本のタイトルだ。

一ヶ月ほど前まで、私は猛烈に疲れていた。何に疲れていたのかは分からないけど、何かに猛烈に疲れ切っていて、何に対しても喜びを見出すことができない状態が続いていた。

といっても昔から浮き沈みは激しい方だったので「あ、久しぶりにきたのね」「まぁコロナもいよいよ長いし、今はきっとあらゆる人がこういう感じなのだろうな」と放置したのだけれど。

ある日、全然眠れずnoteを読み漁っていた深夜4時のこと。ひとつの記事が目に止まった。

冒頭で紹介した”タイトルがしんどい本”の著者であり、自衛隊メンタルヘルス教官である下園壮太さんのインタビュー記事だ。

書かれていた一文に、頭を打ち付けられたような衝撃が走った。

我慢は自己否定です。我慢ばかりをしていると、無意識のうちに「私の感覚、私の意見は、重要ではない」というメッセージを自分の心の中で反芻してしまいます。自分の感性を否定するのだから、「自信」を失ってしまいます。

うわ、と思った。

ショックだった。

我慢=自己否定。そうなのだ。私のこのモヤモヤは我慢の蓄積だったことには、ひそかに気付いていた。それはたとえば夫婦関係。夫は人に我慢を強いるような人ではなくて、むしろ自分が我慢しちゃうような優しい人なのだけれど、それ故に向き合う機会をお互いが避けてしまう悪習が私たち夫婦にはあった。

そして仕事。交渉事や争いごとが極端に苦手な性格上、仕事での理不尽は我慢でしか乗り越えられないと半ば諦めていた部分があった。

ほかにも色々あるのだが、この言葉を知り、ふいに思った。私は誰かのために我慢してきたのではなく、我慢するのが一番ラクだからそうしてきたのだろう。そうやって、他人に理解を求めることの煩わしさから逃げていたのかもしれない。

だけどそれが自己否定に繋がるならば、ちゃんと考えなければ。そういえば最近、やけに自信が持てない。

となるとこの本にヒントがあるかもしれないと、試しに買ってみることにした。


まさかこんなに読み込む本になるとは

だけど正直、冒頭に申し上げたとおりタイトルには拒否反応があったため、失礼ながら「目次をみて、気になるところだけサクッと読んでメルカリで売ろう」と思っていた。

昔うつの人と付き合っていたから、この手の本は割とたくさん読んできたし、疲れをとる方法といいつつ「自衛隊教官」というキーワードの圧がすごいので、なんか色々しんどいなと思ったのである。

ところがどっこい。

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気付けば最初から最後までびっしり付箋がつくほどに読み込む一冊となってしまった。この本はやばい。すごい。メルカリで売ってる場合じゃない。というか書き込みすぎてもう売れない。

この本は心が疲れていく段階と、そうなってしまう人間の習性、それぞれの段階別の対処法などを、本人と周囲の人の目線で丁寧に書かれている。...だけにとどまらず、現代人の生き辛さと、生きづらい人と関わる人のやり辛さの根源もしっかりと見つめている本だった。とりあえず全人類におすすめしたい。

紹介したいポイントがが多すぎて、なにから伝えればいいのかわからないので、とりあえず一番びっくりしたことから紹介する。

「いや、うつ病なのに海外旅行行くとかナメてんでしょ」と思っていた新型うつのカラクリ

8年くらい前に働いていた職場でのこと。ふと隣りに座っていた同僚と交わした雑談がずっと記憶に残っていた。というかあまりにも呆れたので、記憶に張り付いていたのである。

「最近、うつの診断書もらって会社に休み申請して、海外旅行とかに行く『新型うつ』っていうのが流行ってるらしーよ」

それを聞いたとき、私はすかさず「はぁ?」と思ったし、実際に言った。当時の私はエネルギーだけが取り柄のような暑苦しい人間だったので「やばいね、それ。仕事ナメてるでしょ」と見ず知らずのうつ病患者に毒を吐いた。

当時の私はなんにも分かっちゃいなかったんだと、本を読んでわかった。

本の中に「新型うつは、蓄積疲労型のうつ」という章がった。

ここで「従来のうつ」と「新型うつ」について書かれた記述を引用したい。

従来のうつは、夜は眠れず、食欲もなく、疲れ果てて行動力が低下する。趣味もばったりやらなくなる。嬉しさなどの感情がなくなり、やたらと自分を責める。だから周囲が「休め」「医者を受診しろ」と言ってもなかなか言うことを聞かない。ようやく受診すると、抗うつ薬などの薬がよく効くことが多い。
これに対し、新型は、疲れを感じることもあるが、数日すると回復する。不安やイライラが強く、周囲を責める。夜は眠らず、夜更しし、好きなように過ごしているように見える。仕事を頼むと、何かと言い訳をして逃れようとしたり、それさえなく、簡単に「ムリです」と言う。つらいからと、自主的に休みを取って、海外旅行に行っている。それをたしなめると、また休む。だらけている、休み癖がついているという評価に対して、迫害されている、偏見だと自己主張する。
精神科を受診することにも抵抗がなく、診断書を盾に「会社は必要なメンタルヘルスのケアを行っていない」などと言い出す。薬はあまり効かない。

気を抜けば心の中には、これ完全に仮病でしょう。権利意識が高いやつの言い訳でしょう。と、脳内に「テメーコノヤロ」的な言葉がいくつも浮かぶ。

だけどこれは専門家が見ると「誰が、どういう経緯で、どのレベルのうつ状態にあるかによって、表面に表れる行動や症状が変わってきているだけ」なのだと言う。どういうことだろう。


まず現代社会には、若いうつ病が増えているのだそうだ。今や中学生の25%がうつと言われる時代になったらしい。

そして若者のうつの特徴は、情報過多などの影響によって「感情労働」で疲労すること。感情が疲弊しているけど体は元気だ。だから”自分なりのストレス解消を試みる”そうなのだが、その中には”海外旅行”や”夜ふかしして踊りまくる”などの「発散系」と言われるアクティブなものも含まれる。

その後の経過を引用する。

ところが発散系は、その時はよくても、ストレス解消行動自体でエネルギーを使ってしまい、そのあとで、また蓄積疲労が悪化する。

核家族などの影響により、人間関係の保ち方や言葉遣いを知らずに育った若者が多い。それ故に仕事量をコントロールできないことや、相談や疲労について人に打ち明けることもできず、結果として「突然休む」という行動に出てしまう。しかもメールだけの連絡で。

しかし若者は、ただ必死に気分を変えて頑張ろうとしているだけなのだ。残念なことに、周囲がそれをどう感じるか、を知らないだけなのだ。

「新型うつ」の実態に、ものすごくハッとした。私が「ナメてる」と思っていた海外旅行も、あれは当事者なりに自分を治そうとしている行為で、本人も「社会の役に立ちたい」と強く思っているが故の行動なのだ。

だけどそれを周囲に誤解なく伝えるためのコミュニケーション力が備わっておらず、また、「海外旅行に行った」という事実に対し、周囲がどう思うか想像力を働かせる力も不足している。本人が抱えるべき問題というよりは、社会が作り上げてしまった問題なのかもしれない

その双方にいる人の苦しみを、著者はこう書いている。

本人も苦しいが、周囲も長い間混乱させられる。

いま、社会に蔓延している苦しみは、これなんじゃないだろうか。そしてその苦しみは、コロナ禍を過ごした子どもたちが大人になったとき、更に増えるかもしれない。コミュニケーション能力に問題があるとすれば、幼少期にマスク越しにしか人と会えないことやリモートを中心とした社会を過ごしたことは、未来に大きく影響しそうだ。

タイトルに拒否反応を示した人ほど、ぜひ手にとってほしい

メインに書かれていた内容とは少し違ったものをがっつり紹介してしまって恐縮なのだけれど、もちろん社会的な問題に目を向けさせる方針の本ではなくて、あくまで個人にフォーカスした心との付き合い方が丁寧に書かれている本だった。

読み進める中で、「言われてみれば当たり前のこと」もたくさん書かれており、「言われてみれば当たり前のこと」の多くにハッとするほどに、ムリをすることや頑張ることに対して盲目になっていた自分が怖くなった。

本の中には、こんなことも書かれていた。

さて、この章のタイトルを見て、「ムリするなんてムリ!」と、すぐに反応した人。その人は、すでにムリが来ているのかもしれない。
(中略)ムリが来ている、つまりうつっぽくなっている人にとって、他人からアドバイスされることがどんなに嫌で苦しいかは充分にわかっているつもりだ、しかしそんな状態でも、本からなら、少しは冷静にアドバイスを受け入れられる。

最初に私が感じた拒否反応を乗り越えて良かった。

生まれてはじめてこんなレビューをするけれど、タイトルに拒否反応を示した人ほど是非手にとってもらいたいなと思う。私は2冊買い足し、”タイトルで引っかかって絶対に自ら買わないであろう”夫と友人にプレゼントした。








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